神楽は食欲旺盛な少女である。特に白米が大好物らしく、一月持たせる筈の米は神楽が万事屋の一員になったその日に底をついた。脅威的な食欲は銀時と新八に悲鳴を上げさせ、そして黙らせるのも早かった。


「おかわりヨロシ?」

「てめっ、何杯目だと思ってんだ。ウチは定食屋じゃねーんだっつーの。
ここは酒と健全なエロをたしなむ店…親父の聖地スナックなんだよ!そんなに飯食いてーならファミレス行ってお子様ランチでも頼みな!!」


万事屋の下は酒所になっている。切り盛りするのは年配の女性、この家屋の所有者でもあるお登勢は再三にわたる神楽の口上にとうとう吠えたのだった。
催眠と覚醒の狭間にいた弥生はお登勢の怒声で目を開ける。なかなか寝付けないもどかしさに弥生は顔を枕に埋めてカウンターに伏せるが、綿越しでは充分に酸素を吸い込めず顔をずらす。


「ちょっとォ!!銀時!!何だいこの娘!!もう5合も飯食べてるよ!!どこの娘だい!!」


テーブル席に座る銀時へお登勢が怒鳴り散らすも、彼らに返事をする気力はなかった。神楽は一度食事を始めると、それらを全て胃袋に納めるまで止まらないことを銀時と新八は嫌という程思い知っている。故に二階にある食料は甘味と塩味の結晶しか残っていない。
憔悴する二人に疑問を抱くお登勢の隙をついて、カウンターに乗り上がった神楽は炊飯器を手に取るとそのまま中にあるご飯を咥内へ流し込む。それは食べるというより飲んでいるに近かった。


「弥生もご飯食べれば良かったネ。昨日から何も食べてないヨ、お腹空かないアルカ?」


お登勢の制止も虚しく、米粒一つも残さず平らげた神楽の言葉に弥生は弱々しく首を左右に振る。


『空かない…ねむい…』

「ずっと寝てたら不健康になるアル。これからは毎日外出て遊ぼうネ!そしたら眠気なんてふっとぶアルヨきっと!」

『えー…不健康でいい…ねてたい。ねかして…』

「いやアル。それじゃあ私がつまんなくなっちゃうヨ」


神楽が加わってから、弥生の睡眠時間は常人と同様になっていた。しかし常人の睡眠量は弥生にとって2、3時間程度の睡眠感覚でしかない。つまりは全然寝足りてないのだ。
瞼を閉じればすぐに意識が遠退くも、完全に喪失する直前で神楽と硝子が砕ける物音に起こされる。もう何度も催眠と覚醒を往復させられて疲労しきった弥生は、普段より重たく感じる自身の身体を立たせる。するとすかさず神楽に袖を握りしめられた。


「どこ行くネ」

『…ふとん…』

「だめネ、まだここにいるヨロシ」

『一時間だけ…一時間だけでいいから…』


かなり謙虚にした申し出も聞き届けてもらえず、腰に神楽の腕が巻き付く。弥生は全身の力をかき集めて出入口へ足を踏み出そうともがくが、一瞬の浮遊感を味わった後丸椅子に戻されていた。
夜兎族である神楽の力の前に成す術なく、死んだようにカウンターへつっ伏す弥生の姿を新八は憐れみの眼差しで眺めていた。


「…銀さん、なんか弥生ちゃんが可哀相で仕方ないんですけど。助けてあげなくていいんですか?」

「あの娘、弥生をぬいぐるみか何かと勘違いしてんじゃないのかイ?」

「あのぐらいが丁度いいんだよ。アイツの睡眠時間ハンパねーのおめーらだって知ってんだろ。しばらく起こしといてやらねーと弥生の脳みそが溶けちまう」

「いや、脳みそは溶けるもんじゃないと思うんスけど」


テーブルに飛散した硝子の破片は、神楽を胃拡張娘と称した銀時にぶつけられたグラスの残骸である。弥生と同じように俯せていた彼は痛む頭を庇いながら顔を上げると、拙劣な口調が気遣わしげに銀時へかけられた。


「コレデ頭冷ヤストイイデスヨ」

「あら?初めて見る顔だな。新入り?」


おしぼりを差し出す女性は、三十歳前半と思われる天人であった。襟足辺りで切り揃えられた髪型にある猫の耳が彼らにそう認識させた。
丁寧な言葉使いでキャサリンと名乗った彼女は、実家に仕送りをする為このスナックで働いているのだとお登勢は紹介する。


「たいしたもんだ。どっかの誰かなんて己の食欲を満たすためだけに…」


再び銀時の側頭部を飛んできたグラスが殴りつける。


「なんか言ったアルか?」

「「「言ってません」」」


神楽の問いかけに、今度の異口同音はキャサリンを交えて唱えられた。


「人の悪口、聞き捨てならないアル。ね、弥生もそう思うよネ」

『………、うん…』

「すんませーん」


先刻のやり取りの間眠っていた弥生が空返事を返した直後、二人の男が店を尋ねてきた。徳川の家紋を呈示する彼らは、とある捜査を行っていた。
何でもこの近辺で、店の売上金が窃盗される事件が多発しているとのこと。犯人は不法入国の天人と目星はついているようだが、依然捕縛には至っていないらしい。


「この辺はそーゆー労働者多いだろ。なんか知らない?」

「知ってますよ。犯人はコイツです」


役人の発問に銀時は迷わず無実の神楽を指差す。その人差し指を神楽はあらん方向に折り曲げた。








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