遅い。そう思ってテレビの左上に表示されている時刻を確認するのはこれで何回目か。
今晩はすき焼きにすると意気込んで食材を買いに出た二人が帰ってこないのだ。弥生はしばらく玄関を眺め、再び画面の時計へ目をやり、ころんとソファーに横たわる。きっとどこかで道草を食っているのだろうと結論付け、テーブルに用意した小皿や鍋を映す双眸を閉ざした。次に目を開けた時、そこにはぐつぐつと音を立てて煮えている今日の献立が出来上がっている頃だ。それを楽しみに弥生は深い眠りへ身をゆだねた。










「誰アルかこの女。コレもお前らの仲間カ?」

「あー?ったく、どこで寝てんだコイツは」

「僕達のこと待ってたんじゃないんですか?見送ってた時と場所変わってませんし」


浮上した意識の中で会話が交わされている。覚醒の半ばにある頭では、聞こえた内容も銀時と新八の帰宅も理解できずにいた。
浅くなった眠りがまた深まっていく途中、頬に違和感を覚えて弥生は目を開けた。徐々に明瞭になっていく視界は、人差し指をのばす見知らぬ少女を映し出す。大きな瑠璃色の瞳をぼんやり見つめ、眠気でけだるい身体を起こして欠伸を一つ。そして空のままでいる鍋に夕食を思い出し、眠る前と変わらないテーブルの上に首をかしげた。


『…すきやきは』

「スキヤキ?何アルかそれ」

『鍋だよ…お肉とか野菜とか煮こんである…おいしいよ』

「マジでか。オイ、早くスキヤキつくるネ」

『つくるネ』


しかし銀時に二人の要望を叶える動きはなく、ソファーに腰を下ろすその表情は難色を示していることに気付く。


「俺だってなァ食いてーよ。スキヤキなんざウチじゃあそうそう食えねーし、久々に金が入ったから豪勢にいこうと思ったのによォ」

「いいからさっさとつくれよ」

「言葉までバイオレンスだなお前は。今つくれねー訳を話してんだろーが最後まで聞け」

『すきやき』

「弥生、スキヤキ食えなくなったのは新八のせいだから」

「はァァ!?なんで僕なんですか!?」

「材料持ってた奴が他にいたか?俺は運転、おめーは荷物持ち、ネタはあがってんだよ。つーことで責任は全てお前にある」

「チッ、これだからメガネ男は」

「ちょっとォォォ!!もとはといえばお前があそこで飛び出して来たからでしょォォ!?そしてアンタが轢くから!よそ見なんてしてるから!あんな事態になったら手に持ってるもんなんて忘れるわァァァ!!」

「ヤダ、逆ギレ?そうやって人のせいにして責任逃れしてんじゃねーよ。自分の失態を素直に受け入れて謝れなきゃ良い大人にはなれねーぜ」

「見習いたくない大人の手本に仕上がってるアンタに言われたくねーよ」

『すきやき…』

「諦めろ弥生、今日の晩飯は無しだ。新八が謝んねーから」

「え、何ですかソレ。てゆうか、アレ僕だけのせいじゃないですよね?」


返事をくれる者はいなかった。唐突に黙り込んだ三人によって、重苦しくなった空気が新八に罪悪感を芽生えさせる。
何故こんな感情を抱かなければならないのか。
あの帰り道、車道に彼女が飛び出してこなければ、あるいはジャンプの発売日を失念して銀時が散漫していなければ人身事故など起こさずに済んだのだ。材料の紛失は連帯責任ではないのか。
だが新八の胸中を知らない人物達は仰々しく溜息をついたり、空腹を呟いたりとちくちく新八にダメージを与えてくる。冤罪はこうして生まれるのかと腹立だしく思いながら新八は大人になることにした。


「あーもー謝ればいいんでしょー!!すいませんでしたっ!これからは何が起ころうとも持ってるもんは手放しませんんん!!」

「そんな謝り方じゃ満足しないネ」

「なんてーの…もっとこう、心から詫びるっつー誠意を見せてみろ」

「できるかァァァ!!弥生ちゃんにならまだしもアンタらに誠意なんてこれっぽっちも湧かねーよ!」


怒りを爆発させる新八から視線を外し、おもむろに弥生は立ち上がって寝室へ向かうと棚の引き出しから掌に収まる市松模様の巾着を取り出す。口を開くと数枚の紙幣と小銭が入っていた。これは以前、弥生が嫌々ながら働いた時にもらった金である。物欲が乏しい弥生はあまり使わないが、銀時がよくパチンコ代で拝借していく為気付けばすっからかんになっていることは少なくない。しかし金に執着しない弥生はそんな彼を咎めたり未だ返らない金額分を請求したりなどしないのだが。


「メシのついでにデザートも頼むわ。パフェ的なのとプリンともう一つ適当なの」


居間に戻ると銀時がそう注文してくる。彼の好物はすでに記憶にあるので覚える必要はない。メインも同様だろうが、弥生は一応確認してみることにした。


『メロンパンね』

「バカヤローおめーの胃袋と一緒にすんじゃねー。弁当だべんとー、量があるやつな」


違った。だが新八は間違いないと顔を向ける。


『新八もメロンパン』

「いや、僕もお弁当がいいかな。神楽ちゃんはどうする?」


予想は不正解だったがとくに落胆せずにいる弥生の前に少女がやってくる。


「私も一緒に行っていいアルカ?」

『ん』

「なるべく早く頼むぜ〜」








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