新八は己の将来に強い不安を感じていた。
亡き父が残した借金の返済の為、遊郭で働かされそうになった姉を銀時に救ってもらってから半月が経つ。彼が貫く侍道に惹かれてついて来たのだが――新八は職場を見渡して肩を落とした。
万事屋。頼まれれば何でもやると語っていたが、正直胡散臭い印象である。世間もそう思っているのか、尋ねてくる客はとても少ない。となれば収入も僅かしか得られず、ついさっきも大家と家賃の件で揉めていた。銀時が家賃を滞納するのは頻繁らしく、その言い争いも今ではすっかり見慣れたものとなってしまっている。
そもそも、此処にいる人間は活力がないのだ。生活費まで家賃に当てられたというのに、一人は能天気にテレビを眺め、もう一人は一向に寝室から出てきやしない。これからの生活に焦りも危機感も持たない彼らに、これまでどのようにして生きてこれたのか新八は不思議でならなかった。
我が家の家計の為にも、銀時の目を、宇宙生物騒動を流すテレビからもっと切実な問題へ向けてもらおうとした時、室内に呼び鈴が鳴り響く。


「ババア…!」


玄関へと駆けていく銀時。引き戸にしては聞き馴染まない派手な音から、おそらく蹴破ったのだろうと推測できた。
修理費もないのにどうして金の掛かる行動をするのか。新八は呆れながら茶を啜っていると、案外早く戻ってきた銀時に首をひねる。


「何だったんですか?」

「仕事だとよ。暢気に茶ァ飲んでねーで支度しな」

「え、マジですか!?やったじゃないっスか!」

「あんま気乗りしねーがな」

「アンタは年がら年中気なんて乗っちゃいないでしょうが」


だから五ヶ月も家賃払えてねーんだろと続けてやるが、銀時は無視して寝室に入っていく。
畳みが敷かれた部屋には一つの布団があり、その傍らで銀時は足を止めると掛け布団を剥ぎ取る。


「オラ、いい加減起きやがれコノヤロー」


銀時の呼びかけに、布団の下にいた少女は肢体を引き寄せて縮こまる。しかし反応はそれだけで、覚醒しようとしない弥生の頭を銀時が叩けば、ようやくその目は薄く開いた。


『…………いたい…』

「おそよーさん。さっさと着替えて行くぞー」

『……どこ…』

「知らね。なんか来いって言うからよォ、お前も来い。この家にいる奴全員来いみてーな感じで言ってたから」

『ふぅん…いってらっしゃい…店番まかせて…』

「だぁーからオメーも行くんだっつってんだろーがァァ!!いつまでも寝っ転がってんじゃねェェ!!」


銀時が敷布団を持ち上げると弥生は畳みの上に転がり落ちる。それでも身体を起こす気配がない少女に、様子を見守っていた新八は暫く掛かるなと溜息を吐いた。
弥生の睡眠時間は底が知れない。この半月で彼女と交わした会話は数えるぐらいしか記憶にない程、とてもよく眠る娘なのだ。が、その生活は不規則極まりなかったりする。起こしてやらなくていいのかと銀時に尋ねれば、またすぐに寝てしまって意味がないと言っていた。さらに困ったことに、弥生は労働をひどく嫌がる。万事屋の一員になって初めての仕事の時も、銀時は弥生を連れ出そうと奮闘したが時間切れによってやむなく諦めたのだった。
しかし今回は――


「すいません、お待たせしました」

「待たせすぎだろォォ!!かれこれ一時間は待ったよコレぇ!こんなに掛かんなら俺達サ店で待ってても良かったじゃん!」

「しょーがねーだろ。女ってのは出掛けるっつって家から出てくるまで二時間も三時間も時間使うんだからよォ」

「そんなに時間掛けて支度する女いるかァァ!!そんだけあったらDVD一本丸々見れるわァァ!」

「ホントすいません。今からちゃんとやりますんで。ちゃんと働きますんで」

「おーい、とっとと靴履けコラ。裸足で連れ回されてーか」

『うおの目が痛くてくつはけない…歩けない…』

「オメーそんなんで俺を欺けると思ってんならどんだけ俺のこと舐めくさってんの?ハイヒール履いて毎日かぶき町10周してから同じ台詞吐いてみろ。言葉に重みが増すから」

『いってらっしゃい…車にきをつけて…』


廊下にしゃがみ込んで手を振る弥生の首根っこを銀時が掴んで家から引きずり出す。新八は玄関にある赤い鼻緒の草履を足袋のまま外に立つ弥生の前に置くと、観念したのかようやく履いてくれた。
今回は銀時の粘り勝ちのようだった。








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