ここ最近、俺の周りはいい意味でも悪い意味でも賑やかになった。勢いのある一年生が入ったことによって、バスケ部全体がより引き締まった。今年こそは優勝するぞという士気が高まったのはいいことだと思う。
 その一方で、部活前後が実に賑やかだ。一年の清田は存在が派手なうえ目立ちたがり屋。おまけによく喋る。そんな奴が入部したってだけで賑やかなのに、今年はついに新人マネージャーも加入した。

「武藤先輩って髪の毛ふわっふわで可愛いですよね。シャンプー何つかってるんですか?」

 部活終わり俺にそんなことを言う一年マネのカナは、既に清田と付き合ってるしあいつの手綱を握ってるように思える。それに、最上級生である俺たちにも臆することないその性格は一年の頃のナオを思い出させた。男所帯のなかで生き残るには、こういう逞しさがないとダメなのかもしれない。俺はもちろん、牧だってなんだかんだナオには逆らえないのだから。

「ずっと俺と喋ってると、また清田が妬くぞ」
「いいんですよ。ご褒美なら適度にあげてますから」
「……いまどきの女子高生怖ぇな」
「おじさんですか! 武藤さんも現役高校生なのにウケますね」

 なんというか、やることなすこと大胆で派手な印象のカナと清田は、すっかりうちのムードメーカー的存在になってた。
 この間からカナの遊び相手に追加された牧も可哀想に。あいつはバスケのこと以外は極端に鈍いから、しばらくからかわれていたことに気づいてなかったみたいだけど。

「ったく。俺はともかく、牧は物事信じやすいからほどほどにしてやれよ」
「そのへんは上手くやってますよー。でも牧さんとナオ先輩可愛くて、つい」

 下級生が牧とナオの関係性を尋ねる矛先は何故かいつも俺で、それに対しげんなりするのはもう何十回目か。
 牧は俺らのエースであり主将、ナオは頼りになるしっかり者のマネージャー。二人ともバスケと向き合ってるときこそ冷静な状況判断に長けてるというのに、一度普通の高校生に戻るとまるで別人だ。去年からナオにしょっちゅう相談やノロケを聞かされ、もどかしい姿を見守っている俺はもっと褒められてもいいと思う。

「今日は牧と帰らねーのか?」
「あ、武藤。お疲れ。……この前一緒に帰ったし、その、間は空けた方がいいかなって」

 なんだそれ。今更どういう遠慮なんだよ。もうめんどくせぇから毎日でも一緒に帰れよ。

 俺より先を歩いて校門に向かっていたナオの後ろ姿につい声をかけてしまうんだから、結局気にしてしまう俺はなんてお人好しだろう。
 一年の頃から一緒に切磋琢磨してきた牧、高砂、俺、ミヤ、ナオ。このあたりは特に仲がいい……という表現が正しいかは分からないけど、信頼はしてた。だからお互いのことなら大体分かる。

 牧とナオがお互いを意識してるんだと気づいたのは一年の秋頃。それは周りが見れば一目瞭然で、現にバスケ部員以外からは”付き合ってる”と噂されていた。思い返せば、俺はあの時からクラスのやつから質問攻めにあってたような気がする。なのに当の本人たちがボケっとしてるもんだから、こっちは病気になりそうだった。今でもそうだけど。

「清田たちだって二人で帰ってるだろ」
「あの二人は付き合ってるじゃん」
「……お前らだって大して変わんねーだろ」
「ちっ、違うよ! 全然!」
「いつも思うけど、一年以上もその新鮮なリアクションできるの逆にすげーな」
「牧のカッコ良さが日々更新されていくのがいけないんだよ……」

 聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。どうせ牧だって同じことを思ってるに違いないのに。
 ナオは他人のことに関しては察しがいいから清田からは頼られてるようだったけど、俺からすると後輩カップルの世話を焼いてる場合なのかとツッコみたい。「好きなやつにはこうしたらいい、こうされると喜ぶと思う」なんて、分かってるならそれをお前が牧にしてやれよ。そう助言したものの「牧は普通の男の子とは違うもん!」と勢いよく言われては何も返せない。確かに普通の男子高校生には見えないかもだけど、あいつだって好きな女に関してはごくごく普通の男子高校生なんだぞ。

 校門を出て少ししたところでナオと別れる。お疲れ、と笑うナオは確かに綺麗だと思うし、そんな奴に二年以上頼りにされてるのは正直悪い気はしない。自分の気持ちを抑えきれなくなったタイミングで定期的に俺に助けを求めにくるこの関係性を、クラスメイトは羨んだりしてるけど実際この連続だと本気で疲れてくる。早く付き合ってしまえ。そして俺をさっさと解放してくれ。


***


「あ、武藤先輩。こんにちは」
「おお、神。なに、次移動?」

 廊下ですれ違った神と少し話をしてたら、しょっちゅう話に聞いてる神の彼女がひょこっと顔を出した。そして「こんにちは」と小さくお辞儀をしてくる。

「あ、”リコちゃん”」
「そうです。俺の彼女の」
「いちいち言われなくても知ってるっての」

 いつもニコニコ余裕そうに彼女の話をしている神は、恐らくだけど清田以上に独占欲が強そうだ。お前ががっちり守ってるのを知ってて狙ったりなんかしないから安心しろって。まだ俺は刺されたくない。

「そういえば、この前は神にプリント渡しておいてくれてありがとな」
「いえいえ! 武藤先輩にはいつもお世話になってるって、神くんから聞いてますし」

 学校の廊下で、しかも先輩と話をしている間でも堂々と手を繋いでる二人に対して生まれる感情は、最早悔しいとか羨ましいとかそんなんじゃなく、ただただ癒される。普段嵐のような後輩と煮え切れない同級生を見ているせいだろうか。神たちが一番平和でほっこりする。

「武藤さん、疲れてますね。昨日のラインですか?」
「慣れたとはいえ、お前らよくあんなにやり取りできるな。もう途中で寝たわ」

 牧が好きだとナオが自覚してから俺とナオのやりとりは急速に増え、ついには神を加えたグループまで出来上がっていた。そこに最近新加入した清田。
 基本的にはナオの話を聞いてやる相談所のようなものだったが、清田の加入により情報量が倍になった。何度か退出を試みたが、翌日散々怒られて強制的にまた入ることになる。

「武藤さん好かれてるんですよ。みんなから」
「もっと別の形で好かれたかったよ」

 こんな俺の苦労を聞いてくれるやつはどこにもいないのか、今日も俺のスマホはピコピコ鳴りだすんだ。