念願の海南大付属バスケ部に入部してから一週間。初日、俺と一緒に意気揚々と挨拶をしてた同級生の大半が退部したそうだ。
 強豪、常勝と呼ばれる天下の海南。覚悟はしてたけど、確かに練習量は中学の比じゃない。きっと他の高校に比べても相当ハードだと思うけど、体力に自信のある俺にとってはなんの問題もない。今はスタメンの座を勝ち取ることで頭がいっぱいだ。

「先輩、モップなら俺がかけますよ!」
「ありがとう……えーっと、清田くん?」
「はい! 清田信長っス!」

 練習終わり、一人でバタバタ忙しそうに片付けをしていた先輩マネは先週思ったとおり綺麗で優しい人だった。仕事はテキパキこなしてるし、何よりあの牧さんを筆頭に先輩たちから信頼されてる。ってことはきっとすげー先輩に違いない。

「清田くんにモップかけてもらうなんて、きっと今のうちかもしれないね」
「は? 俺まだ一年なんで雑用ならしますよ」
「スタメン入りしたらそんな機会も減るよ。もちろん、狙ってるんでしょ?」
「当たり前じゃないッスか!」
「清田くん、一年生の中では一番元気だもんね。この間監督や牧も”骨のあるやつが入ったな”って言ってたよ」

 後半こそっと耳打ちしてきた先輩に少しドキっとしたけど、それ以上に尊敬する牧さんにそんなことを言われていたことが嬉しすぎて舞い上がった。やべぇ、俺もっと頑張ろう。

「あれ……そういえばマネージャーってもう一人いましたよね?」
「カナちゃん? まだ入部して一週間だから、今日は先に返しちゃった。最初からしんどい思いさせて退部されちゃうと困るからね」

 俺と同じ学年の女子マネーシャー。その第一印象は”結構かわいいじゃん”だった。かわいいっつーか、割と好み。しかも後から気づいたけど同じクラス。まだそこまで話してないけど、サバサバしてそうな性格が更に好印象だった。
 今日だって練習中「えっ、こんなに量あるんですか!? 重くて腕とれそう……」というげんなりした声が聞こえてきて先輩たちが笑ってた。神さんは「今年はマネも元気があっていいね。やめなさそう」って満足気だったけど。

 これだけの練習量、そして部員数を抱えるマネージャー業務はきっと大変なんだろう。それをこの先輩一人でやっていたのかと思うとやっぱすげーなという感情しか出てこなかった。っつーか、牧さんたちがナオって呼んでるとこしか知らないから苗字が分かんねぇ。

「あ、ごめん。言ってなかったね。マネージャーは基本名前で呼ばれてるから、ナオ先輩とかでいいからね」
「すげぇ! 今それ考えてました!」
「うん。そんな顔してたもん」
「マジっすか! じゃあナオさん、俺も名前でいいです! そのうちスタメン入りしますし!」
「ならノブって呼ぶね。スタメン入りするなら、まずは来週のチーム戦でいいとこ見せなね、ノブ」
「うっす!!」

 俺の背中をパンっと叩いて笑うナオさんは頼れるマネージャーって感じで、先輩たちが信頼している理由がなんとなく分かった。


***


 それから数日後。部活の休憩中、ナオさんにふと言われた一言に俺は激しく動揺した。

「えっ、え!? なんスかそれ!」
「いや、ノブってカナちゃんが好きなの? って聞いただけ。よく目で追ってるし、クラスも一緒なんでしょ?」

 飲んでたポカリが変なところに入ってむせた。謝るナオさんの声を聞きながら、俺の視線は無意識にカナの方へいっていた。

 この前までたいして話す仲じゃなかったとはいえ、同じクラスで部活も一緒となると打ち解けるのにそう時間はかからない。
 「マネのことは名前で呼ぶらしいんだけど、名前で呼んでいい?」と聞いたとき、俺はそれなりに緊張してたのに「いいよ。じゃあ私もノブって呼ぶわ」なんてサラリと返ってきて、正直拍子抜けだった。サバサバした性格っていうのはやはり当たっていた。ナオさんとも同じようなやり取りをしたのに、この時はその言葉に少しドキリとした気がする。

 でも、そんなカナだからか俺は凄い喋りやすいし、なんなら一緒にいて楽しいかもなんて思ってた。そんな矢先だったから、余計心臓がどきどきしてる。

「かわいいねノブ」
「それ、男が言われても嬉しくないッスよ……」
「カナちゃん可愛いし、言いたいことちゃんと言うところとかいいよね。そういう子じゃないとうちの部は続かないと思うけど」

 ナオ先輩が次々あげてくカナのいいところ全部に強く頷けるし、なんなら他にももっとあるんですよと口を挟みたくなった。教室でのこととか。この前も聞いてなかった問題当てられてパニックになってるところをコソっと教えてくれたりして。「バーカ」って言われたけど、それもなんかこう、ちょっとキュンってしたし。それ以外も、友達と喋ってるときとか。
 そこまで思ったとき、俺教室でもあいつのことすげー見てんじゃんと今更になって気づく。顔が熱い。

「やべぇ」
「なにが?」
「俺、めっちゃアイツ好きかもしんない……」
「ぶっ……! ノブ、ごめん。かわいい以外の感想が出てこないよ」

 「ならさっさとカナちゃんにいいとこ見せてきな」とまた俺の背中をパンっと叩くナオさんはこの日を境に俺の相談相手になった。
 言われたわけじゃないけどナオさんは牧さんと付き合ってるっぽいし、俺にくれるアドバイスも全部的確で、なんというかさすがの一言だった。


***


「ナオさんは好きな人に何されたら嬉しいとかあります?」
「えっ……うーん。思いをストレートに伝えられたりすると、うれしいかな?」
「ドキっとするのは?」
「えぇ? 急に距離が縮まったり……とか?」

 しっかり者のナオさんが頬をかきながら照れてる姿はかわいらしかった。こんな表情をさせてしまうなんて、さすが牧さんだ。
 それからというものの、部活以外の時間ではカナにストレートに思いを伝えたり距離を縮めたりと、いろいろなアプローチをしたものの全て不発。ていうか、俺への扱いがどんどん雑になってきている気すらしてきた。
 初めて好きだと言った日は目を真ん丸くして驚いて、すげー可愛かったのに。もうあの時みたいなリアクションは見せてくれない。写真にでも撮っておけばよかった。
 俺のやり方がおかしいのかと悩むけど、考えれば考えるほど、いやアイツにも問題があるんじゃねーの?なんて疑問が出てくる。だって俺がこんなに好きだっつってんのに何で「はいはい」で済ませられるんだよ。
 やっぱ女子は牧さんみたいに大人でスマートな方がいいんだろうな、なんて出来もしないアプローチを勝手に想像して顔が熱くなった。まだ俺には早い。


 そんな生活が半月くらい続いたとき、部活終わりにナオさんがこそっと俺に耳打ちしてきた。もう当初のようにドキっとすることはない。

「ノブ。今のやり方じゃカナちゃん冗談だと思っちゃってるよ。さっきもワンコって言ってたし」
「なっ……ワンコって……!」
「いつもより、少し真剣に告白してみたら? 一言でいいから、ちゃんと気持ち込めて言ってあげれば伝わるよ」

 その日、俺とカナが一緒に帰れるよう気を利かせてくれたナオさんに感謝しながら夜道を二人で歩いた。
 改めて真剣に告白なんて言われると頭が真っ白になる。気の利いた言葉が一個も出てこないのが我ながら情けない。部活ではスタメンの座も勝ち取れて絶好調だっていうのに。
 そんなわけで、さっきから俺の口数は減る一方。横にいるカナが退屈してないかな、なんて焦る。ちゃんと気持ちを込めて何を言ったらいい?俺はこいつとどうなりたいんだ?

「急に黙ると調子狂うでしょ。いつもはしゃぎまわってるワンコなのに」

 俺の好きな顔で、俺の好きな声で残酷なことを言う。そう思わせてる俺に原因があるのは分かってたけど、少しムっとしてつい出た言葉は心からのものだった。

 そこから先のことは感情に任せて言ったことだったから、正直細かく覚えてない。けどしっかり覚えてるのは、目を真ん丸くさせ驚いたカナの顔がまた見られたってことと、握った手のひらの熱さと、牧さんとナオさんは付き合ってないっていう衝撃の事実だった。