昼飯を食べたあと、たまに苦いものが欲しくなる。そんな日は売店まで行ってブラックコーヒーを買うのがお決まりになっていた。

「あれ、牧」
「武藤か」

 先に売店にいた武藤に目をやると、ペットボトル二本と何か小さいお菓子みたいなものを手にしていた。部員たちの味の好みなんてたいして関心がなかったけど、こいつもそういうのを食べるんだなと思った。
 俺はそれ系の甘いものはほとんど食べないし、よく一緒にいるナオがお菓子を食べてるところもそういえば見た覚えがない。あいつはお菓子というより、ケーキとか甘い飲み物とかそういう方のが好きなんだよな確か。
 武藤とは同じクラスだし、なんとなくの流れで話をしながら自分たちの教室に戻る。が、武藤は二つ隣の教室まで用事があると斜め上を向いて言うもんだからなんとなく直感が働いた。

「ナオか?」
「あー、まぁ。ただのパシリだからな?」
「なるほど。だから二本なのか」
「あいつ、俺がなんでも言うこと聞くと思ってやがる」
「なら、せっかくだし俺も顔出すかな」

 買い物くらいなら俺に言ってくれれば、という少しの不満がないわけじゃない。
 頑張り屋だけど少し不器用で甘え下手なところがかわいいなと思う反面、今は俺と付き合ってるわけだしもう少し自分を頼ったり我が儘を言ってほしいとも思う。
 武藤には何でもぺらぺら相談したり我が儘を言ってるのに、俺にちっともそういった話をしてこないのは……少しもやもやする。
 俺たちが付き合う前から「お前らさっさとどうにかなってくれよ」と疲弊していたところを見る限り、きっと現在進行形で武藤に泣きついてるときのナオの話は全部俺に関することなんだろうなと頭では分かってる。が、少し面白くないのも事実。

「ナオ、ほらよ」
「ありがとー武藤! 待ってた……えっ! なん、牧!」

 心底驚いたのかガタンと椅子から立ち上がるナオ。もう少しリラックスしてほしいもんだが、まぁ徐々に慣らしていくしかないか。
 デカい男二人が急に入ってきたせいか、教室にいた他の生徒が少しざわついてる気がするが、とりあえず空いてた椅子を拝借してナオの傍に座る。……なんか更にざわついた気がするが、気のせいか。

「む、武藤もここで食べてけば?」
「嫌だよ」
「なんで!」
「お前らの間になんか入れるか!」
「せっかく来たんだし……!」

 あからさまに慌ててるナオは武藤の制服の裾をしっかり握って離そうとしない。武藤がそれに迷惑がってるのも、ナオのその行動理由が俺と二人でいると緊張するからっていうことも、全部、全部分かってはいる。
 そんなに緊張するほど俺のことが好きなのかと思うと嬉しいし、俺だって同じかそれ以上想ってる自信はある。表現方法が違うってだけの問題。
 そう頭では理解してるのに、やっぱりどこかでこういった状況を面白くないと思ってしまう俺がいてつい溜息が漏れた。

 根負けした武藤は眉間に皴を寄せてぶつぶつ言いながら前の席に座った。だいたいお前も一年の頃からナオに優しすぎるからこういう事態になるんだぞと、胸の奥にあったどろどろした感情をついぶつけてしまいそうになって咄嗟に止めた。
 ……なんにも悪くないこいつに嫌なことを言うとこだった。だめだ、冷静になれ。

「……それ、ナオが欲しかったのか?」
「そうだよ? あんまお菓子食べないんだけど、これだけはたまに欲しくなるんだよねー」

 さっき売店で武藤が買ってた小さなお菓子の袋を開けてるのはナオ。中からは白いパウダーがかかった丸い……。

「なんだそれ?」
「アーモンドボールだよ。お店によってはスノーボールって表記もあるけど。なんかねぇ、サクほろって感じで美味しいの」
「それだけは前から本当に好きだよなお前」
「へぇ……」

 そんなお菓子があるってことも、それをナオが前から好きだってことも知らなかった。
 勿論、ナオの全部を把握してるわけないし、そんなことこれから知っていけばいいだけの話。それだけなのに、武藤は知ってて俺は知らないという事実が二人の仲の良さを象徴しているようでつい声が低くなってしまった。
 一粒を口に含んだあと「おいしい〜」なんてふにゃりと笑うナオはかわいい。かわいいけど、こういう顔を他の男にも見せてたのかと思うと胸の奥のどろどろしたものがどんどん広がっていく。
 ――だめだ、今日の俺はどこかおかしい。

「……ま、牧。ちなみにさっきも言った通り、俺はただのパシリだからな?」
「分かってるぞ」
「じゃあその顔やめろよ」
「どんな顔だよ」

 頬杖をついたままじっとナオを見てると、その視線に気がついたのかお菓子の袋を差し出してきた。

「牧も私と一緒であんまお菓子食べないよね」
「ああ」
「でも、私が美味しいって思ったから、もしかしたら牧も気に入るかもよ」

 一個食べてみる? と言われ「じゃあもらう」と短く返事をした俺は、腰をあげてナオが反対の手で持っていた一粒を口に含んだ。
 あぁ、確かに白いパウダーは甘すぎず軽い触感のそれは口に放り込むのにちょうどいいかもしれない。
 ついでにナオの指についてた粉をペロっと舐めとると「へっ!?」なんてひっくり返った声が聞こえてくる。きっと今ならナオの口も特別甘いんだろうなと思うと少し欲が出てきたが、さすがに教室でそれをやったらマズイなと自分を抑える。

「確かに、たまには甘いのもいいかもな」
「なっ……にを……!」

 驚きのあまりなのかナオが俺に差し出してたお菓子の袋は床に落下……しそうなところを寸前で武藤が拾い上げた。

「落とすなよ」
「――っ、い、今のは牧がっ!!」
「あー、もう。だから嫌だったんだよ俺は! ナオ、これは迷惑料で俺がもらうからな」
「ちょっ、まだ三粒しか食べてないのに!」
「今度は俺が買ってやるから、機嫌直せ」

 これくらいなら構わないだろうと額に唇を軽く押しつけると、ナオはまた素っ頓狂な声を出して体を硬直させる。ほんと、いちいち面白い反応をする。というか、このクラスはさっきからやけに騒がしいな。

 まだ頼られるまでに時間はかかるだろうが、ナオをあんな顔にできるのは俺だけなんだよなと思うと、さっきまでのモヤモヤは徐々に消えていった。
 顔を赤くさせながら後ろで騒ぐナオを置いて武藤と二人教室を出ると「いちいち俺に妬くなよ!」と文句を言われる。一応「すまん」と謝ったが、俺だって嫉妬くらいするんだから仕方ないだろ。