私が牧と付き合うようになって、一番最初に喜んでくれたのは後輩のカナちゃんとノブ。その後はクラスメイトたちに「やっとかー!!」「誰か! 祝杯代わりにコーラ買ってこい!」なんて大騒ぎされてしまい大変焦った。牧と別のクラスで心底良かったと思う。ちなみに一番最初に報告した武藤には一番安心された。

 そんなわけで、二学期に入ってから私はすっかりみんなのオモチャになっている。今までも十分からかわれてたけど、晴れて彼女となった私への祝福と称して「いろいろ教えてあげる」なんて経験豊富な友人がわざわざ隣のクラスから顔を出すほど。

「キスはもうしたの!?」
「え!? あー……うん、しました……」
「夫婦みたいなオーラ出してるくせに、初々しいなぁ」
「っていうか、牧ってどんなちゅーしてくんの?」
「どっ……どんなって……!!」

 顔が一気に熱くなる。思い出すたびに心臓がどくどくいうし、頭もくらくらしてしまう。「すごく……えっちな感じ……」と漠然とした感想しか言えず机に突っ伏す私を見てケラケラ笑ってる友達たち。全然笑い事じゃない。
 「せっかく付き合ったなら、もう少し喜ばせてあげればいいのに」という友人の言葉にふと顔をあげる。牧が喜ぶことってなんだろう。そういう話なら少しだけ興味がある。

「牧君のツボは分かんないけど、私の彼氏はこっちから手繋いであげたり甘えたりすると喜ぶよ」
「それは……もう少し待ってもらおうかな……」
「じゃあスカートでも短くしてみたら? 喜ぶんじゃない?」

 そんなのでいいの?と尋ねると全員「あぁ〜」と妙に納得したように頷いた。そのあとトイレに連行され、さっそくいつもより多くウエスト部分を折り込まれる。……予想以上に短い。
 「短すぎない?」と言っても、他の子に比べるとまだ長い。ただ私が慣れてないだけだと強く言われてしまった。まぁ、こんなことで牧がちょっとでも喜ぶなら別にいいか、なんて思ったのがそもそもの間違いだった。


***


 放課後、牧と一緒に部活に向かっていると不意に丈のことを指摘された。昼休み偶然顔を合わせたときは何も言われなかったのに。

「随分短いな」
「え。……気づいてたんだ?」

 昼休みだけじゃない。今日一日そんな素振りまったくなかったから、てっきり何とも思ってないのだと思った。さっきなんて「喜ぶどころか多分気づいてもいないよ」と友達に報告までしてしまったのに。

「そりゃ気づくだろ。彼氏なんだから」
「っ――! そ、そっか……へぇ……そっか」

 二人で校舎を歩くことなんて今まで何回もあったのに、こんなことをこの場で言われるのは初めてなわけで。牧の大胆な発言には毎度振り回される。少しはこっちの身にもなってほしい。
 ひとまずその場では、何で急にその丈にしたのかという理由をあやふやにできたけど、それはそう何時間も持たなかった。

 部活終わり、カナちゃんのスカートが短すぎるとノブがぷりぷり怒っていた。確かにカナちゃんのスカート丈は私より短い。全体的な制服の着こなしは私には到底できないものだけど、本人の雰囲気によく似合ってて可愛いし、すらりと伸びた脚が綺麗だから私としては羨ましい。私はこれ以上短くしたら絶対ヤバイ。

 「ナオ先輩だってこの前より短いじゃん。きっと牧さんはノブみたいにうるさく言わないよ」とカナちゃん言われて少し動揺した。まさについさっき言われたから。というか、喜ぶと思ってやってたけど、ノブが言うように男の子的には嫌だったりするのかな。はしたないとか思われてたらどうしよう、なんて変な汗が垂れる。

「ノブ、そんなに責めたら可哀想だよ。好きな人にはかわいいって褒めてほしいし。ノブが喜ぶと思ってしてるかもしれないじゃない」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「確かにかわいいっスよ! そこは俺も嬉しいんですけど、他のやつに見られたら嫌じゃないですか! 牧さんも嫌ですよね!」

 ノブとは恋バナ仲間ではあるけど、ここは同性であるカナちゃんの味方をしようと思って入れたフォローだったけど、ここでまさか牧にパスがいくとは思わなくて固まる。こんな話の流れで牧の反応を知ることになるなんて。
 牧とバチっと目が合うと「……ナオのそれが短いのは俺のためってことか?」なんてしれっと言われ言葉が出てこない。だってそれは図星だったから。
 望んでた“可愛い”でもなく、恐れていた“好きじゃない”でもない。ある意味一番嫌な回答で恥ずかしさでどうしようもなくなる。これ以上顔もスカートも、全て見られたくなくてつい武藤の後ろに隠れたけど案の定「俺を盾にするな!」と引き剥がされてしまった。

 そして帰り際、いつものように牧から更衣室の鍵を預かるとノブがこそっと私の元にやってきた。「今日は俺が鍵返すんで、預かってもいいッスか?」と言うノブはまだ少し不機嫌そうで、なんとなく事情を察した。「あんまり長居しちゃダメだよ?」とだけ言って制服のポケットに鍵をいれてあげるとパァっと表情が明るくなって「さすがナオさん! あざッス!」とえらくハイテンションだ。カナちゃんには申し訳ないけど、ノブの気持ちはなんとなく分かってしまうからどうしても甘くなる。


「……ったく。お前は清田に甘いな」
「えっ!? も、もしかして見てたの!?」
「見えたんだ」

 カナちゃんたちと別れたあと、牧に溜息まじりでそう言われ肩が跳ねた。「あんまり部室を私用で使わせるなよ」と頭を軽く小突かれる。ごもっとも過ぎて何も言い返せないけど、一応長居はするなと忠告しておいたし、ノブはその辺りに関してはいい子だと信じてる。

「……で、どうなんだ。結局」
「なにが?」
「それ」

 牧の視線が私の顔より下に下がっていってハっとした。まださっきのこと覚えてる。ヤバイと思って辺りを見渡しても武藤や高砂たちはもうとっくに帰ったようで。
 ごもごも口ごもる私に痺れを切らしたのか、学校の敷地内でも人が滅多に通らない校舎の隙間に引きずり込まれた。私の腰を引き寄せる手つきは優しいけど、逃げられないようさっさと体を固定してくるあたりは本当に強引だ。

「俺のためにしたのか」
「い、いいよそんなの掘り下げなくて!」
「気になるだろ」
「……そうだって言ったら、喜ぶの……?」

 至近距離で私を見つめてた牧の目が二、三度瞬きを繰り返す。そして「へぇ」という不敵な笑みに、ドクンと心臓が大きな音をたてた。
 髪の毛をくしゃっと撫でられたと思ったら、この前みたく深い口付けをされ、ぎゅっと目を瞑ることしかできない。強張ってる体を少しでもほぐそうとしているのかは分からないけど、腕から背中、腰と優しく撫でられるたびにくすぐったくて肌が粟立ってしまう。

 キスって、もっと軽くするものなんだとばかり思ってたから困惑する。だって牧のするキスは軽いなんてものじゃなくて、ねっとりと味わうかのようなキスだったから。
 唇が離れたと思っても、その隙間は僅か一センチ、否、数ミリかもしれない。少し喋るためだけに開いた隙間。「口で息しようとするな」とだけ言った後またぐっと唇を塞がれ、私の反応を見るたびにまた少し離しては「好きだ」と甘く囁かれる。
 そんな言葉のせいかいよいよ苦しくなってきて、言われた通り呼吸を楽な方へ切り替えると、新鮮な空気が胸に入ってやっと脳に酸素が回ってきた。よくできたな、とでも言うように頭を撫でてくる牧は相変わらず余裕そうに私の唇を塞いだままで何故こうも平然としていられるのか不思議でしょうがない。
 一体何分経ったのか分からないけど、満足したのか重なってた唇がゆっくり離れていく。キスをしてる間も勿論恥ずかしいけど、少し熱を帯びた牧の瞳を見るのはもっと恥ずかしいというか、心臓に悪すぎる。だって、今牧をそんな顔にさせてるのは私ってことなんでしょ?

「このくらいのことをしたいと思うくらいには嬉しいな」
「……へ?」
「自分で聞いたんだろ」

 濃厚すぎるキスのせいで忘れてたけど、そもそも私たちはスカートの丈の話をしてたんだった。

「誘ってると受け取っていいなら、毎日こうさせてもらうぞ」
「――ちょっ、いきなりそれは! っていうか誘ってない!!」

 少しだけあげたスカートのせいで毎日こんなことになってしまうなら、明日からは元に戻さないと。
 そしてこうなることを見越してたのか、翌日友人たちには大笑いされ「詳細教えて」と楽し気な笑みで根掘り葉掘り聞かれてしまった。