「わっ」

 ぶわっと生暖かい風が下から吹いて、スカートの裾が一瞬舞い上がった。まぁスカートの下には見せパンを履いてるし何も問題はないんだけど。こんなことは日常茶飯事だし慣れている。
 だがこの日ばかりはいつもと違った。なんとなく、すごーく嫌な予感がして歩みを止め後ろを振り向くと、強ばった顔で固まってるノブの姿。しかもノブの隣には同じクラスの男子がいて「あちゃー」なんて口から出た。
 それは、ノブと私の関係性や日頃の私たちの様子をよく知ってる向こうの男子も同じで“最悪な現場に居合わせてしまった”とでも言いたげなのが見て分かった。なんかごめんとしか言えない。
 急に見てしまった驚きと照れ、違う男も見た怒りや焦り、全部詰め込んだ顔でわなわな震えてるノブは本当に面白かったけど、状況的には面白がってる場合じゃない。これは面倒くさいやつ。
 しばらく言葉を失ってたノブは数秒後“風紀委員”の顔つきになり「カナ!」と怒りの色を含ませてこっちに走りよってきた。あぁ、厄介な現場を見られてしまった。っていうか隣にいた男子さっさと逃げやがったな。



「おい。丈戻ってる」
「もー。クラスの子みんなこのくらいじゃん」
「そういう問題じゃねーだろ! 俺が見る分には構わねーけど、今日だって他の男に……!!」
「見せパンだから大丈夫だし。でもノブだけは見てもいいなんて思ってない」

 お昼休みの間にやっとの思いで鎮火させた話題は、部活後の私の格好により再度火をつけてしまい周りの先輩たちをも巻き込んでる。着替えるときスカートをいつもの回数折ってしまうのはもはや癖だ。

「女子ってよく“見せパンだから”って言うけど、結局階段とかで押さえたりしてるからちょっと意味が分からないよね」
「!! そーっすよね、神さん!」

 予想だにしなかった援護射撃にノブはすっかり強気だけど、こっちにはナオ先輩がいる。負けてたまるか。
 ……なんて、なんの勝負かは分からないけど、こんなに騒がれると私も引くに引けなくなってくる。だってスカートはやっぱ短い方が好きだもん。
 最近じゃ根負けして制服のボタンを開けすぎないようにしたんだから、これくらい許してほしいものだ。……ノブがいないときは外してるけど。

 隣にいたナオ先輩の腕に自分のを絡めて「ナオ先輩だって前より短いじゃん。きっと牧さんはノブみたいにうるさく言わないよ」と、ノブ憧れの存在をわざと引き合いに出す。予想どおり「うっ」と言葉に詰まるノブに心のなかでガッツポーズをするも、すぐ隣のナオ先輩の肩がぴくりと不自然に動いた。……もしかして、先輩も私と同じように言われてるのか。

「ノブ、そんなに責めたら可哀想だよ。好きな人にはかわいいって褒めてほしいし。ノブが喜ぶと思ってしてるかもしれないじゃない」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「確かにかわいいっスよ! そこは俺も嬉しいんですけど、他のやつに見られたら嫌じゃないですか! 牧さんも嫌ですよね!」

 ナオ先輩の体が一瞬強ばる。そして突然話をふられた牧さんは、きょとんとした顔のまま数秒私たちを見たあと視線だけナオ先輩へと移して「……ナオのそれが短いのは俺のためってことか?」と何食わぬ顔で口にした。これにナオ先輩が適うはずもなく、赤面しながら慌てて武藤さんの後ろに引っ込んでしまった。「俺を盾にするな!」なんて怒ってる武藤さんとナオ先輩の関係性は今日も面白い。


 全員更衣室から出て校門へ歩き出す途中、ノブに「ちょっとトイレ行ってくるから待ってて」と言われ先輩たちとはそこで別れることに。
 去り際ナオ先輩に言われた「頑張ってね」の言葉の意味にここでさっさと気がつけばよかったのに、この時の私は何も考えていなかったのだ。

 先輩たちが見えなくなったと同時に姿を見せたノブに「さっさと帰ろう」と声をかけるや否や、急に腕をとられ更衣室の方へ連れてかれた。

「ちょっ、なになに!? っていうか、何で更衣室の鍵ノブが持ってんの!」
「ナオさんに言って貸してもらった。今日は俺が返すからってお願いして」

 更衣室の鍵を乱暴に開け、すぐに閉めるノブの顔はまだ少しむくれてる。本日二度目の「あちゃー」だ。今回は口に出さなかったけど。っていうか、ナオ先輩とどれだけ結託してるのよ。
 ぐっと一気に距離を縮められロッカーに追いやられてしまえば身動きはなかなかできない。唇を押しつけられた際漏れてしまう甘ったるい息は、ノブの興奮を助長させるしかないと頭では分かってる。でも不可抗力なんだから仕方がない。
 せっかく上まで閉めてたボタンを開けられ、いよいよ焦ってきた。ここ、更衣室なんだけど。

「ちょっ、マズいって!」
「最後まではしない。でも……ちょっとイタズラしとかないと、カナ言うこと聞いてくんねーんだもん」
「っ――、“だもん”じゃなくって……って、噛まないでよね!?」
「こっちは噛まない。今外したのは俺が見たいから」

 ツッコみどころがありすぎる。いつもは胸元が開いてるとうるさいくせに、二人の時はもっと見せろなんて我が儘な。というか……こっちは?
 その言葉の真意を探るよりも前に、開放的になった胸元からノブの手が侵入してきて体がびくりと反応した。
 そして暫くしたあと、右脚の腿にするすると反対の手が伸びて肌をさすられる。くすぐったくて身を捩らせると、今度は思い切り腿を持ちあげられ、つい反射的にスカートを押さえた。

「バカ! パンツ見える!」
「見せパンだからいいんじゃなかったっけ?」

 しらっと言ってくるノブは私の想像以上にご立腹だったようで、ちょっとやそっとのことじゃ止まりそうもない。そんなに今日あの男子に見られたのが気に入らなかったのか。
 電気が点いてないのが唯一の救いとはいえ既に夜目もきいてるだろうし、しゃがみこまれてしまってはお手上げだ。持ち上げてた右腿の内側に軽いキスを落としていくノブを黙って見下ろすことしかできない。そして、ガブっと腿を噛まれ小さな声が出た。こっちは、ってこのことか……!

「跡がついたらどーすんの!」
「もう少し下げれば見えないだろ」
「……そんなに嫌だったの?」
「カナは男のことなんもわかってねーから……」

 私の腿を掴んでた手がゆっくり離れ、その場にぺたんと座り込んだノブは「露出した肌なんて見て、お前が誰かのおかずになってたらマジで耐えらんねぇ」なんて頭を抱え込み始める。
 ……なるほど、確かにその発想は男ならでは。予想の斜め上をいく発言で「あー」なんて微妙なリアクションしかできない。
 だって、真っ先にそんな心配をするってことはさ。……自分のことを言ってるようなものじゃないか。この男はそれに気づいてるのか。いや、多分気がついてない。
 小さくうずくまってるノブの頭をよしよしと撫でてやっていたら「あと……」と低い声が聞こえてきて、急に手首を引っ張られる。こういう緩急を計算しないでできてしまうのはちょっと卑怯だと思う。

「一回シたからかな……カナのこういうとこ見ると、すげームラムラすんだけど」

 つぅっとまた内腿を撫で上げられて背筋がぶるると震えた。つい先日所謂“初体験”というやつを済ませてしまってからというものの、密着率が増えたのは分かっていたけど。
 校内で襲われたくなかったらもう少し言うことを聞いてくれというノブの熱のこもった囁きに「わかったよ」と渋々降参したけど、実は内心ドキドキしてしまったり。調子に乗るから口にはしないんだけど。

 その日の夜、お風呂で腿を確認するとやっぱりうっすらと残ってる歯形。しかも真ん中にはキスマークっぽいのまでつけられていて、明日はいつもより長くしなきゃだなとため息をついた。
 それと翌日の部活で気づいたけど、ナオ先輩のスカートもいつも通りに戻ってた。