「翔陽の藤真さんって綺麗な顔してますよね」

 クラスの友人がツイッターで“翔陽バスケ部のF先輩見かけたけどめっちゃかっこいい!アイドルみたい!”と呟いた内容を見てぼそりとナオ先輩に言った。先輩はスカートのチャックをきゅっと上にあげながら「なんか意外だね」と可笑しそうに笑う。

「意外ですか?」
「だってカナちゃん、前にノブの顔がタイプって言ってたし。正反対じゃない?」
「勿論ノブの顔は好みだし好きですけど、それとこれとは別っていうか」

 「付き合いたい好みの顔と、ファン心理の好みの顔ってちょっと違うじゃないですか」と言ってみたものの、ナオ先輩は何度か首を捻って難しい顔をしたまま固まってしまった。
 あぁ、なるほど。ナオ先輩にとっては、とにかく全ての好きが集約されたのが牧さんだったのか。

「確かに綺麗な顔してるなぁとは思うけど、喋ってみるとかなり普通の男の子だよ」
「あ、やりとりしてるんですか?」
「うん。ツイッターも相互になってるし、本人もフレンドリーだから」
「えー! じゃあ今度ナオ先輩にくっついて近くであの顔を拝んでもいいですか?」
「それは全然いいんだけど……その、本当にただの……普通の男の子だよ?」

 苦笑いを浮かべながら念押ししてきたナオ先輩の言葉の意味をそこまで深く考えなかった私は、紹介してくれるという甘い誘惑にぱくりと食いついた。後々面倒なことになるから、もちろんノブには内緒で。こんなことがバレたら大変だ。
 私の心中を察したナオ先輩はクスっと笑ったあと「今度の国体練習で翔陽の選手うちに来るだろうから、その時ね」と口元に人差し指を当てながら囁いた。


***


 国体の選抜メンバーは例年通りならほとんどが我が海南バスケ部で占めていたそうだけど、今年は少し様子が違うみたいだった。
 湘北、翔陽、陵南と、海南以外にも面白い選手が揃っているということで体育館に集まった顔ぶれはまるでドリームマッチだ。それにしても全体的に顔がいい。
 そんな顔面偏差値が高い面々の中で、ついノブのことを目で追ってしまうのはやっぱりそれだけノブのことが好きだからってことになってしまう。絶対口になんて出さないけど、バスケに集中してるときのノブは本当にカッコイイんだからしょうがない。
 
 どうやら全体練習が終わったのか、体育館全体に「っしたー!」という声が鳴り響く。てっきりみんなさっさと帰るのかと思いきや、普段とは違う環境にテンションが上がってるせいか、ボールの弾む音が鳴り止む気配が全くない。ノブも湘北の桜木くんとさっきから言い合いをしつつ、子供みたいな顔でボールと戯れてる。

「あ、カナちゃん」

 少し声を潜めて私を呼ぶナオ先輩の方を向くと、その後ろにはドリンク片手に陵南の選手と話をしている藤真さんがいた。やばい、近くで見るとますます顔がいい。美形の先輩と話すことに柄にもなく少しだけ緊張したりして。
 こんなところノブに見られでもしたら本当に大変なので、向こうでギャーギャー騒いでる隙にとナオ先輩は藤真さんに「ちょっといい?」とだけ声をかけ体育館の外へ連れ出した。

「藤真くん、この子今年から入ったうちの一年マネのカナちゃん。藤真くんの……ファン? だって」
「おぉ、まじか!」

 近くで見ても整った顔立ちの藤真さん。けど本人の喋り方は結構雑で、確かに普通の男子高校生って感じだった。
 こちらがお願いするよりも早くすっと手を差し出した藤真さんの笑顔はまさに王子って感じで、ときめく……というよりは驚きの方が勝った。こんなにファンサ慣れしてる高校生がいるのかと。
 たくさんの女子からキャーキャー言われてるあの藤真健司と、いま私は喋って握手しているのかと思うと、ちょっとだけ自慢したくなる。明日友人に報告がてら喋ってみようかななんてぼんやり考えていたとき、近くのベンチに「どっこいしょー」と大きな声をあげて座る藤真さんに困惑した。え、おじさん。
 手にしていたポカリを勢いよく飲み干したあと盛大な声をあげてる姿と顔面のギャップが酷い。目をぱちくりさせてる私を見ているナオ先輩の表情は、先日「本当に普通の男の子だよ?」と念を押してきたときと同じものだった。普通の男の子……? 普通のおじさんの間違いでは?

「つーか海南ばっか女マネいて不公平だよな。こちとらむっさい男ばっかだから、少しでも気分上げようって、この前部室にピンクのシーブリーズ置いたわ」

 藤真さんの一言で翔陽のイメージが一気に変わった。部活前後に大量のご飯を食べたり、えっちな雑誌を見かけたらドギマギしてしまうノブを見るたび“男子だなぁ”と常々思ってはいたけど、なんていうか次元が違う。

「マネいなくて、選手兼監督って大変ですもんね。なんというか、お疲れさまです」

 いまだ不満そうな藤真さんにどう反応すべきか悩んだ末出た言葉に嘘はない。翔陽は部員の数が多いと聞いてたからそれを率いて自らもプレイヤーだなんて、純粋にすごいなぁと思う。
 そんな私の言葉に藤真さんはえらく感動したようで「お前んとこのマネージャーめっちゃいい子じゃん。しかも俺のファンだろ?」と、とても気分が良さそうだ。ちなみにこの時点で私の理想の藤真健司像は壊れつつある。
 顔が王子な分言葉の端々にでる粗さが目立つし、ナオ先輩と牧さんの関係をいじるときの言動はまるでセクハラおじさんだ。
 遠くで眺めているのがベストな人間って本当にいたんだなとしみじみ思っていると、藤真さんと同じ学校の眼鏡の人が体育館から顔を出し「なにしてるんだ」と藤真さんを回収していく。
 それにかなりホっとした私を横目で見ていたナオ先輩は「……どうだった?」とやはり苦笑いだ。

「うーん……私やっぱノブのこと好きだなって思いました」

 きっとナオ先輩も同じような経験をしたことがあるのか「だよね」とケラケラ笑ってた。顔がいいのは得しかないもんだと思ってたけど、そう単純な問題でもないのかもしれない。


***


 後日、ナオさん経由で知ったのか私のツイッターアカウントに一つのフォローリクエストが届いた。てんこ盛りのラーメンがアイコンの横には“けんじ”と書かれている。
 「あ、やばい」と思った時には既に遅くて、後ろから私を抱きしめていたノブにしっかり目撃されてしまった。

「……これって翔陽の藤真だよな」
「へー。そうなんだ」
「なんでカナのとこに申請がきてんだよ」
「さーねー。……けど、人気者から申請がくるのは悪い気しないね。この前の国体で見かけて気になったとか言われたらどーしよう」

 私のちょっとした意地悪発言が癇に障ったようで、あっという間に眉間には皴ができて不満そうに口を尖らせる。私の腰を抱いてる腕の力もさっきより強くて、本当に分かりやすい。さぁて、一体どこからどこまでを説明したらいいのか。
 とりあえず一度機嫌を直してやるところから始めるかと「いくら顔がよくても、私はノブを選ぶけどね」と、私にしては珍しい言葉を口にした。案の定酷く驚いたノブは勢いよく私の顔を見て目をぱちくりさせてる。終いには「も、もう一回!!」なんておかわりを求めてくるんだから笑ってしまった。

「もう言わなーい」
「っ……そういうこと言うときはちゃんと宣言しろよな!」
「なにそれ。喜ぶ準備がしたいってこと?」
「おう」
「……結局することは変わんないのに?」
「うるせー、ちょっと黙っとけ」

 自分がからかわれてることに気がつきはじめたのか、悔しそうな顔で私の後頭部を手の平で包みこむ。そしてそのまま逃がさないと言わんばかりに唇を押しつけられれば、私の鼓動は少しづつ早くなってしまう。
 こうして、急に男の顔に切り替わって私を独占したがるノブへのときめきに敵うものなんてないっていうのに、私の彼氏は本当にバカで可愛くて愛しいな。