夏の終わり。自宅のインターホンが鳴ったのは神くんから電話があった十五分後くらいだった。扉を開けるとそこには数週間振りの神くんの笑顔。相変わらず太陽のようにキラキラしてて眩しい。

「リコちゃん、嬉しそうな顔してる」
「そりゃあ嬉しいよ! 久しぶりだもんね」

 いいこいいこ、と頭を撫でてくれる神くんの優しい手にとろんと溶けてしまいそう。
 暑いから早く入ってと家へ招き入れると、神くんは「お邪魔します」と何回も来てる我が家への挨拶を忘れず足を踏み入れた。

 夏合宿に行ってた神くんと電話で交わした約束のお家デート。実は今日、ほんの少しだけ緊張してる。
 こうしてお互いの家を行き来するのは初めてじゃないし、一応いろいろな経験は済んでいる。とはいえ、こうして久しぶりに二人きりになると私の心臓はトクン、トクンといつもより早く鳴ってしまうのだ。こればかりは仕方ない。

 冷房がきいてる私の部屋に入ると「生き返るー」と伸びをしていつもの定位置に座る神くん。その横にちょこんと腰をかけて、お喋りをしたり勉強したり少しいちゃいちゃしたり、たまにそれ以上の流れになったり。そんなお家での過ごし方が私たちの鉄板というやつだった。
 どんなに久しぶりだろうと、いつもと変わらない空気で接してくれる神くんは暖かくて安心する。私の気持ちとか雰囲気とかそういうのを大切にしてくれてるようで、自分で言うのもなんだけど愛されてるなぁって思ってにこにこしてしまう。だから、こうして二人でまったり過ごしてると余計“神くんが大好きだな”と再認識するんだ。

「合宿きつかったんだよね?」
「今年は長かったからね。でも途中で温泉とか入ったよ」
「温泉!? いいな!」
「いつか一緒に行きたいね」

 うちのバスケ部は学校からの期待が大きいから、他の部活動より予算をかけてもらってるって言ってたけど神くんたちの頑張りを見てればそれも頷ける。毎年全国に行ってるなんて凄すぎるし、そのなかでスタメンを勝ち取った神くんを本当に尊敬する。今度の試合を見たら泣いてしまうかもしれない。

「私もね、神くんほどじゃないけど筋トレ頑張ったよ」
「へぇ。触っていい?」
「え!? さ、触ってもいいことないよ……?」
「それは俺が決める問題。ダメ?」

 聞きながらもう腕がするする伸びてきてるんだからその質問に意味はない。ダメっていっても無駄なんだろうなと諦めて腕を差し出すと二の腕のあたりをするりと触られた。

「ん? 今力入れてる?」
「うん」
「力抜いてみて?」

 言われた通り力を抜けば、また「力入れてみて?」とお願いされる。つい三日前、少し硬くなったかも!って感動したりなんかしたけど……。

「うぅ……素直に言っていいよ」
「ははっ、まだまだ細いねぇ」
「私も欲しいよ筋肉ー! どうやったらそんなにつくの?」
「俺は今のままでいいと思うけど、そんなに気になるならまずはご飯もっと食べないと。俺くらいとは言わないけど」
「……神くんのご飯の量食べたら私多分お腹はち切れちゃうよ」

 真剣に言ってるのに、なにがそんな面白いのか。「大袈裟な」って笑うけど、それくらい神くんの食欲は凄いのだ。お昼だってお弁当箱は私の三倍くらいあるし、前に清田くんから聞いた限りだと部活の前にも何かしら食べてるらしい。神くんのお母さんは毎日大変だ。



「あ、そうだ神くん」
「ん?」

 合宿所に行く途中のサービスエリアで買ったという神くんからのお土産を食べながら、他にもいろいろあった夏の思い出話をしてた時、大事なことを思い出した。私的にこれが最も重要なことだったのに、神くんに会えた嬉しさでつい頭から抜け落ちてしまっていた。

「バスケ部の全国大会って広島だったよね?」
「そうだよ?」
「あのね、私応援に行けることになったの」
「――え?」

 ビックリさせたいという私のサプライズはどうやら大成功したようで、神くんは目を大きく見開いて予想外のことに言葉を失ってる。こんなにビックリしてる神くん滅多に見れないぞと、つい口元を押さえて笑ってしまった。
 少ししてから頬を緩ませた神くんは、私にぎゅっと抱きついてきて「本当? すごい嬉しいんだけど」と肩口で頭をぐりぐりさせてる。甘えてくる神くんはこうしたお家デートでしか見られないからレアだ。レア神くんはとってもかわいい。

「親戚のお家がその辺りにあってね、泊まらせてもらうことになったの。ただ、交通費は自分で出すってことになったから、内緒で短期バイトしてたんだ」
「えっ、嘘でしょ?」
「本当だよ〜! ビックリさせたかったから」

 驚いた?と聞くと、頬っぺたをさわさわ撫でられてそのまま軽いキスをされた。幸せだなぁって思うと顔がにまにましてしまう。

「へへっ」
「勉強頑張ってるなかでそんなことまでしてたの? 俺のために?」
「神くんのためでもあるけど、神くんの雄姿を見たい私のためでもあるからね」
「……どうしようリコちゃん」
「ん?」
「嬉しすぎて、もっと触りたくなってきた」

 返事を聞かず、自分の脚の上に私を座らせると腰のあたりをぎゅっとされた。
 ――あ、神くんのスイッチが入ったかもしれない。そう思うと落ち着いてた心拍数が急に早くなる。だって、私を見上げてくる神くんの目が悪戯に笑ってるから。髪の毛を撫でたり指でくるくるさせたり、まるで私の反応を見て楽しんでるようだ。

「今更だけど、髪の毛ふわふわになってるね」
「気づいてたんだ?」
「そりゃぁ気づくよ。――ただ、会えたのが嬉しくて言いそびれただけ」

 そう言うや否や素早く唇を奪われた。そしてすぐに離れたかと思えばまたちゅっと音をたてられる。軽いキスを何度も何度も繰り返していると、長い指がお腹のあたりをつぅっと撫でてきて条件反射で体が硬直した。

「…お腹も筋トレしたんだっけ?」
「う、うん。でも腕がダメだったんだからお腹はほとんど成果でてないよ……」
「……見たら分かるかもよ?」
「っ、明るいところでは嫌だって何回も言ってるのに……!」

 妖しく笑った神くんを見て咄嗟に出た言葉。絶対意図して言ったに違いないのに「見たら分かるかもって言っただけだよ?」なんてとぼけて笑ってるんだから意地悪だ。

「ごめん、怒った?」
「神くんたまに意地悪だ」
「好きな子は苛めたくなっちゃうんだよね。涙目になってるリコちゃんが可愛くて」

 ごめんね、と謝る神くんの申し訳なさそうな顔を見ると全部許せてしまう私にも問題があるんだろうけど、こうしたことは日常茶飯事だから困ってしまう。

「こっちおいで」

 そう言って床の上からベッドへ移動して私を抱きしめるまでの一連の流れがとてもスムーズだ。おでこや耳、目元にたくさんキスをされてくすぐったい。つい零れた私の笑みに反応して神くんも笑うから、この幸せで暖かい時間がずっと続けばいいのになぁと思ってしまう。
 そんないちゃいちゃした時間が何分続いたか分からないけど、なんとなく二人して横になってしまったし、やっぱりそういう流れになるのだろうかとしばらく神くんの出方を伺ってると、私を抱きしめてた腕の力が次第に緩んでいった。

「……神くん?」

 反応はなかった。その代わり、頭の上からは規則正しい寝息が聞こえてきてつい顔を上にあげた。瞼はしっかり閉じられていて、穏やかな寝顔。
 神くんは笑いながら言ってたけど、合宿は本当に大変だったに違いない。合宿から帰ってきても練習があるんだから、毎年夏はしんどいに違いないんだ。それに今年は特に暑かった。
 こうして気を許してくれてる神くんを見ると私の胸はいっぱいになる。いつも「リコちゃんといると癒される」っていう贅沢な言葉は本当なんだなって思えるから。
 夏の終わり、冷房の効いた部屋で大好きな彼とお昼寝ができるなんてこれ以上ない幸せで、私も神くんの腕のなかでゆっくり瞼を閉じた。

 一時間後、目を覚ました神くんは想定外の睡魔だったせいかすごく後悔してしばらく落ち込んでたけどあんな可愛い神くんが見られるなら私としてはもっとしたい。やっぱりお家デートはレアな神くんがたくさん見れてラッキーだなと心の中で笑った。