さすがに部員全員というわけにはいかなかったけど、インターハイお疲れ様の意味を込めてみんなで海岸に来た。今日の目的は花火。「花火でもしましょうよ」と発案したのはカナちゃんだったかノブだったか。

 インターハイで準優勝という成績を残して広島から帰ってきた私たち。みんなで目指した場所にあと一歩届かなかった。
 悔しくないかと言われれば嘘になるが、私の気持ちは妙に清々しい。最後の夏、全身全霊で挑む仲間の姿を見られたからかもしれない。試合直後こそみんなの表情は悔しさで溢れてたけど、あれから数週間経った今、全員気持ちは冬の選抜へと切り替えてるのか晴れ晴れとしていた。
 さっきも、楽しそうにはしゃいでるノブとカナちゃんを離れたところで牧と一緒に眺めながら「来年は応援する側になるんだね」なんて、少ししんみりした話をしてしまったけど牧は小さく笑って「そうだな」と私の頭に手を置いた。牧の気持ちも既に次へと進んでるようで少し安心した。

「そういえば神、彼女誘えばよかったのに」
「今日は部活の集まりですし。いきなりだとリコちゃんが怖がっちゃいますよ」
「神がずーっと言ってるリコちゃん、一度くらいちゃんとお話ししてみたいのに」
「多分喜ぶと思うんで、今度言っておきますよ」

 点火後の勢いが徐々に失われていく手持ち花火と自分が少しだけ重なる。あぁ、本当に私の夏はこれでお終いなんだなと思うと少し寂しい。夏どころか、私はもうすぐ引退だ。

「ナオ。何ぼーっとしてるんだ」
「わ、バレちゃった?」

 消えた花火をバケツに捨てたあと、牧が心配そうな顔で来てくれた。この優しい顔を見るのも残り少ないのかと思うと寂しくてしょうがない。

 ――もう引退するわけだし、いっそ告白でもしてみようか

 ここ数日でそう思ったりもしたけど、もし断られたらその瞬間から気まずくなって何気ない会話すらできなくなるんじゃないかと思うと恐怖でしかない。「もうすぐ引退だなって思ったら、ちょっぴり寂しくなっただけ」と口にすると牧の表情が強張った気がした。

「やっぱりするのか?」
「内部進学だし、成績はそこそこキープしてるから別に残っても平気なんだけど。まぁ、カナちゃんも入ったしね。去年から“夏まで”って気持ちでやってきたから……キリがいいのかなって」
「……そうか」
「冬の選抜は観客席から応援するよ。最前列とってさ」

 「一度あそこに座って牧たちを見てみたかったんだよね」と笑ってると、ノブや武藤の「そろそろなくなるぞー!」という声に呼ばれた。

「なくなるの早っ!」
「そろそろ片付けるか」
「じゃあ、最後に大きいの一緒にやろ」

 武藤からなるべく派手なやつを二本もらって牧に火を点けてもらうと、それは勢いよく火花を散らした。
 驚いたふりをして少し身を寄せてみたりなんかしたけど、そんな下心にこれっぽちも気づいてない様子の牧は相変わらずの優しい笑顔で肩に手を回してくれた。熱くて熱くてたまらない。



 片付けを終え、全員で談笑しながら歩いた。途中ノブが私と神に近づいて「あの二人何話てんスかね」と耳打ちしてくる。
 視線の先はカナちゃんと牧。カナちゃんはちゃんとノブが大好きだというのに、どうしても嫉妬はしてしまうのか。後ろを歩く武藤や高砂たちも苦笑いだ。

「なに、牧さんに嫉妬してるの?」
「ぐっ、……だって牧さんカッケーじゃないッスか」

 ノブの言いたいことはものすごく分かる。うんうんと頷く私を見て神はケタケタ笑ってたけど、今更この面子に隠すことは何もないので開き直る。そんな話を後ろで聞いてた武藤が私の肩に腕を乗せてきた。重いんだけど。

「つーかナオ、お前本当に引退すんの?」
「そのつもりだけど?」
「え!? ナオさん引退しちゃうんスか!?」

 「聞いてねーッスよ!」と酷く残念そうな声をあげるノブは本当にかわいい後輩だと思うし、そんな風に言ってくれるなんて私は幸せ者だ。「カナちゃんがいるじゃん」と言うと「それはそうだけど……」なんてもごもご口ごもってしまった。

「まぁ、お前らが後悔しないなら無理に止めないけど」
「お前ら?」
「あー、もう……ほんっと面倒くせーな」

 急に悪態をつき始めた武藤を見て神がまた笑いだす。「そんなナオさんが俺たちは好きですけどね」と言われたけど、褒められてる気がしない。

 分かれ道まで辿り着いたあと、前を歩いてたカナちゃんは「私たちこっちなんで」とノブと手を繋いで仲良く帰っていった。高校生カップルのお手本みたいな二人だなぁ。

「ナオ、俺たちも行くぞ」
「え、こっちの道のが近いけど……」

 私の言葉を最後まで聞かない牧に腕を引っ張られ、半ば強制的にいつもと違う道を歩くことに。駅まで向かう武藤たちのニヤニヤした顔によって羞恥心が生まれてしまう。一緒に帰るなんて何十回もしてきたのに。


 インターハイの頃は五月蠅いくらい鳴いてた蝉の声が、今では鈴虫たちの涼しげな音色に変わってる。それが余計静かな夜を演出しているみたいで、なんか急に緊張してきた。少し続いた沈黙を破ったのは牧。

「今年は泣かないんだな」
「……忘れてって言ったじゃん」

 牧が何のことを言ってるのか、一瞬で分かった。本人は笑ってるけど、私としては少し恥ずかしい過去だから今すぐ忘れてほしい。
 去年の三年生たち最後の試合。結果は全国ベスト4だった。悔し涙を流す先輩たちを見てたら私まで鼻の奥がツンとしてしまって隠れて泣いた。一番辛いのは選手たちなんだから、せめてバレないようにしないと。そう思ってトイレに行くふりをしたのに、牧にだけはバレてしまったのだった。牧だって試合に出てたから必死に隠そうとしたのに、優しく抱きしめられてしまってはもうどうにもならなかった。
 その時、二人で「来年は絶対に」と約束したことが今となっては懐かしい。

「あのとき、どうして私が泣いてるって分かったの?」
「……ずっと笑ってたお前の手が震えてたから、かな」
「うわぁ。それは気づかなかった」
「そんなのがなくても気づいたと思うけどな。長い付き合いだ」
「でもね。今年はなんだかスッキリしてるの。みんな最後まで全力を尽くしてたし、その姿はしっかり目に焼きつけてたから」

 今年はきちんと笑えてたと思う。今だって、心の底から最高の夏だったと言える。
 これまでの思いをたった五文字に乗せきるなんてできないけど、それでも今適してる言葉はこれしかないと思って「ありがとう」と牧に伝えた。もうすぐ私の家が見えてくる頃だ。

「言っとくが、俺は忘れてやるつもりはないからな」
「え?」
「“先輩たちの前でだけは絶対泣きたくない”って俺の胸で泣いてたナオを見て――愛しいと思った」

 リンリン鳴いてた鈴虫たちの声が鳴り止んだ。否、正確には私の耳がおかしくなったのかもしれない。牧以外の音が何も耳に入ってこない。凄いことをサラっと言われた気がするけど、今のは聞き間違い?

「引退、すんなよ。……俺はまだ冬まで残るぞ」
「っ、知ってるけど……え。っていうか牧、何言って――」
「責任感が強くて、真面目で頑張り屋で、少し不器用で。大事な仲間だと思ってた。……けど、気づいたらずっと好きだった」

 そう一気に言い切った牧に腕を引っ張られ、あの時のように抱きしめられた。唯一違うのは去年よりずっと強い力が腕に込められていて、今更鼓動が早くなる。これは夢か現実か。汗がぶわっと吹き出て、視点が定まらずおろおろするばかりだ。

「まだ伝わらないのか?」
「やっ、ちょっ、ちょっとまって! 私ばっか好きだと思ってたから、そんな急に言われても――!!」
「……へぇ」

 私の言葉に目をぱちくりさせてた可愛い牧の顔が、数秒後にはすっかり悪い男の顔に変わってしまいつい変な声が出た。熱いし近いしカッコイイし、私は今日死んでしまうのかもしれない。
 さっきまでは一生家に着かなければいいとすら思ってたのに、今は一刻も早く家に逃げ込んでしまいたい。

「本当は優勝したら言おうと思ってたんだ。……でも、お前が引退するって聞いて焦った」
「嘘だよ……だって、牧が私を、そんな風に思うなんて……!」
「――なら、試してみるか?」

 言うや否や目の前が真っ暗に。同時に唇に熱を感じて、それが牧のものだと理解するのに時間はかからなかった。
 酸素が足りないのと早鐘を打つ心臓と牧の温もりのトリプルパンチで頭がくらくらする。少し離れたと思って慌てて息を吸い込むとまた角度を変えて口付けられてしまったからいよいよ限界だ。
 バンバン牧の肩口を叩くと、名残惜し気に唇が離れていった。

「っ、し、死んじゃうって!!」
「口で息をするからだろ」
「そういう意味じゃなくって!!」

 こんな時に天然を炸裂しないでほしい。肩で呼吸する私に「悪い。我慢できなかった」とケロっと言ってのける牧は、これまで見てきたどの牧紳一とも違くて、対処法が分からない。

「ナオ、まだ聞いてないぞ。お前の返事」
「引退の話……?」
「それもそうだけど。俺とお前の話も……返事は?」

 さっきからずっと腰に回されてる腕にまた力が入って距離が縮まる。いよいよ心臓が破壊されそうだし頭は沸騰しきってるし、もう首を縦に何度も振るので精一杯だ。

「っ――勘弁して……こんなの、嬉しすぎて泣く」
「ははっ、かわいいなホント」

 あの牧が彼氏になるなんて、心臓がいくつあってもきっと足りない。これは今までのマネージャー業務より何十倍も大変そうで先が思いやられる。幸せと引き換えに私の心臓はいつか止まってしまうに違いない。

 その翌日、真っ先に武藤を呼び出して私も冬まで残ることを告げたら、全てを察したのか「それはそれは、良かったな」とまた笑われたけどちっとも笑い事じゃない。「これからもずっと相談乗ってよね」と言ったらうんざりした顔で「勘弁してくれ」と嘆かれたけど、私の命がかかってるんだからそこは我慢してほしい。