ノブはすごく分かりやすい。今何を考えているのか、どうしたいのか。思考の全てが顔に出ているといっても過言ではない。そんなところも可愛くて好きだけど、ここ最近もどかしい気持ちにさせることがあった。その原因は、部活終わりの帰り途中に一瞬だけ通る人気のない道や、二人きりの昼休み。

 ――絶対キスしようか悩んでる

 高校生カップルは常に一緒にいられるけど、二人きりになる機会は実はそう多くない。それ目的で意図的に二人にならない限り、同級生や先生、部活の先輩たちが常に周りにいる。
 だから、意図せず二人きりになれた貴重な時間。口数の減ったノブの顔をチラリと見ると、いつもとは違う緊張の色が見えるのだ。そんな下心に気づいてしまっては、逆にこっちまで恥ずかしい。毎度毎度一生懸命タイミングを伺っては機会を逃すノブを見るのは正直可愛いし楽しいけど、私とそういうことがしたいんだなと冷静に考えだすと照れ臭い。
 なんだかんだ言って私だってノブのことは好きだし、なにせ初めてできた彼氏。ファーストキスに夢を見るなんてことはないけど、緊張くらいはする。

「男の子ってロマンチストっていうからね。最高のタイミングを伺ってるんじゃない?」
「うひゃー。柄にもなくそんなことを……」
「それだけカナちゃんが大好きで大切なんだよ」

 六月も中旬を過ぎた頃「付き合って一ヶ月ちょっと経ったけど、ノブとはどう?」と楽しそうに聞いてきたナオ先輩に話をすると、口元を押さえて嬉しそうにそう言われた。
 その言葉に”素敵な景色や二人の思い出の地で最高のファーストキスを“みたいなありきたりなことが書かれた女性雑誌を思い出す。好きな人とできるならどんな場所であろうと関係ない気がするのは私だけ?それが部活の帰り道であっても昼休みの屋上であっても、学生らしくていいじゃないか。
 けどきっとノブは「したい」って気持ちをぐっと堪えて、いろいろ余計なことを考えてるんだろうな。そう思うと呆れる気持ち半分愛しさ半分。否、愛しいの方が少し上回る。

「でも最近はそんな様子もすっかりなくなったんで、気にしてないんですけど」
「やっぱ本格的にバスケのスイッチ入っちゃったからかな」
「明後日ですもんね、決勝リーグ」

 毎年うちと激戦を繰り広げているという翔陽高校がまさかの敗退。この話は二週間前くらいに、部全体を少し驚かせた。とくに二、三年生は。
 言われてみれば、ノブの妙な緊張がなくなったのもその辺りからだったかもしれない。元通りというか、バスケ熱がおさまってないというか。より部活に集中していて、私といる間そういう雰囲気になることが減っていった。

「打倒流川ってモードに入ったのかもね」
「るかわ?」
「あれ、ノブから聞いてない? 翔陽を破ったチームにね、同じ一年生でスタメンの子がいるんだけど……」

 「すごく上手くてプレイも派手で、ついでにモテるんだって」とこそっと耳打ちしてきたナオ先輩。ノブは練習に集中しててこっちの話なんか聞いてないだろうけど、確かにそういう理由ならきっと嫉妬してしまう。きっとここでそんな話が繰り広げられてることにすら敏感に反応しそう。
 モテる、という点に関してはそこまで重要視してないと思うけど、とにかくバスケで目立ちたい欲が人一倍強いノブにとっては協力なライバルなんだろう。
 私からすれば、ノブは十分派手だしカッコイイからそんな必死にならなくてもと思ったりするけど。

「男の子って変な生き物ですね」
「本当だよね。特にスポーツマンは、超がつくほどの負けず嫌いだし」

 「そんなところが好きなんだけど」と呟いた台詞は、面白いくらいナオ先輩と重なってつい二人で笑ってしまった。


***


 決勝リーグ一日目。私にとっては初めての公式戦。会場の雰囲気、慣れない仕事、そして何より日頃優しい先輩たちのピリついた空気に圧倒された。牧さんがイライラしてるところなんて初めて見た。「フラストレーションが溜まってるだけだから、気にしないでね」と微笑むナオ先輩はもう慣れっこなのか余裕の表情。さすが。

 そして試合が始まってからはあっという間だった。うちは強豪と言われていたし、それに胡坐をかくことなく必死に練習している日々も知ってる。それに、これだけ凄い先輩がいるんだからそれなりの点差をつけるんだろうと思ってたのに、まさかの展開で前半を終えた。ハーフタイム中は空気の重さについ息を押し殺してしまった。
 悔しさを滲ませるノブの真剣な顔を見て心底勝利を願ったし、カッコイイと思った。きっとナオ先輩もこういう経験をたくさんしてきたのだろう。だって、一ヶ月前の私より今の私の方が“海南”というチームが好きだし、清田信長という一人の選手を尊敬してることに気がついた。

「カナちゃん、ノブの爪の応急処置お願いできる? 牧や監督には言っておく」

 試合が終わって選手たちが戻ってくる。全員控室に向かうなかナオ先輩にお願いされたのはさっきから気になっていたノブの指。救急箱を受け取った私は真っ先にノブの元へ向かい控室の少し手前で応急処置をした。あぁ、痛そう。

「いってっ――」
「ちょっとだけだから」

 試合には勝った。けど、とても満足している顔には見えなかった。原因はなんとなく分かる。小さい頃からバスケが好きというわけじゃないから、本当の意味での彼の凄さは分からないけど、確かに素人目にも例の流川という選手は凄かったと思う。私の好みではなかったけど、親衛隊がつくのも頷けるくらい綺麗な顔をしてたし。

 だけど、やっぱり私は目の前で少し不貞腐れてるこの男が好きだし、口数が少なくまだ試合の熱が残ってる様子にドキドキして体が固まる。私から擦り寄ったあと体を強張らせてしまういつものノブは今日どこにもいない。首筋から流れる汗が色っぽくてつい視線を逸らした。調子が狂う。

「くそっ」
「勝ったのにいつまで不貞腐れてるの」
「別に……そんなんじゃねーよ」
「流川君? 確かに目立ってたけどさ」

 私の言葉にピクっと反応したノブの眉間には皴。それがどんどん深くなっていくんだから本当に分かりやすい。バカだなぁ。

「っ……俺だってあれくらい」
「誰がどんなに目立とうと、私にとってノブが一番ってことに変わりはないからどうでもいいんだけど」
「――は」
「試合、カッコ良かったよ。お疲れさまノブ」

 応急処置を終えた指を優しく握って、ノブの唇に自分のを軽く押しつけた。離れる瞬間、ちゅっなんて可愛い音がして、本当にこんな音がするんだと私の頭は妙に冷静だ。
 ノブはというと、突然のことに暫く呆けた顔のままでそれが可笑しいのなんの。我慢しきれず笑った私の声で我に返ったノブはみるみる顔を赤くさせ口をぱくぱくさせていた。女子か。

「あのね。私が襲ったみたいなリアクションやめてよ。……構図としてはそうだったかもだけど」
「っ――い、いきなりは驚くだろ! っつーか、こんなはずじゃ……!」
「何週間も前から行動に移そうとしてしなかったくせに」

 ナオ先輩の読み通り、どうやら自分のなかでのプランがあったようでそれが崩されて悔しいらしい。さっきまでの眉間の皴はどこへやら、頭を抱えてうんうん唸ってる。

「……なによ。ご褒美、嬉しくないの?」
「すっっげー嬉しいけど!!」

 即答かい。全くどうしてくれようかな、このカッコ良くて可愛い私の彼氏。
 これ以上待たせるわけにはいかないからと立ち上がった私の腕をぐいっと引っ張った犯人は勿論ノブで、背中には熱い温度。試合のあとのせいか、いつも抱き着いてくるときに感じるノブの香りがいつも以上に濃く感じて胸が一気に高鳴った。

「俺からもさせろって」

 斜め後ろから覗き込むように顔が近づいたと思えば、私の返事も聞かずに熱い唇を押しつけてきた。ちゅっという音がまた鳴ったけど、さっきのと全然違う。ちっとも可愛くないどころか、ちょっとエッチで心臓がバクバク音をたててる。
 満足気に笑ったノブの顔はすっかり晴れやかなものに変わっていて、オマケと言わんばかりに額にもちゅっと音をたて、上機嫌で控室に向かっていった。あんなに緊張しまくってた数週間前が嘘のようだ。



 そして、一度してしまえばもうなんの遠慮もなくなってしまうようで、今じゃすっかりただのキス魔。校内で二人になった瞬間キスをしてこようとするノブの唇を手で押し返すこともしばしば。もちろん本気で嫌がってるわけじゃないけど、なんとなく。こっちにも心の準備くらいさせてよ。

「あ、俺少し濃くしてほしい」
「はいはい」

 部活中、ドリンクボトルにポカリの粉末をいれてると休憩に入ったのかノブが近づいてきた。こうして選手一人一人の好みの分量を知っていくのか。
 そんなことをボーっと思ってると、突然ノブの顔が近づいてきてそのままキスをされた。あまりにも急なことに水がボトルから零れ落ちてしまい二重の意味で慌てる。

「わっ、ちょっ――ばか!」
「げ、粉零れてるっ!」

 体育館から死角になってるからいいようなものの、もしバレたらと思うとさすがにひやひやした。それが余計頬の火照りを悪化させるんだけど。
 少し薄くなってしまったドリンクボトルを「自業自得!」とノブの胸に突っ返して踵を返すも、なかなか熱が引いてくれない。本当に、どうしてくれようかこの男。