昼食後、午後練までのほんの僅かな時間。ポケットから取り出したスマホの画面をつけると、リコちゃんからの通知が数件きていた。頬が緩むのがバレないようみんなから少し離れたところで通知を開くと、合宿前にお願いしていた写真が届いてた。わ、可愛い。

 「今年の合宿は五泊六日で去年より長いんだ」と言ったとき、運動部に属したことがないというリコちゃんは目を見開いて驚いてた。
 自分で体力がないと言っているリコちゃんは確かに他の女の子よりも少し細くて華奢だ。そんなとこも女の子らしくて俺は好きだけど本人は納得してないらしい。
 俺が合宿に励んでる間、自分も筋トレを頑張って俺みたいになると豪語していたのを思い出してちょっと笑ってしまった。絶対にありえないけど、あまり逞しくなられると俺が困るし、出来もしないことを真剣に言ってる姿は本当にかわいかった。
 二日前は筋トレの成果が送られてきて、その前は友達とお祭りに行ったときの写真。なかなか二人で遊びに行けないから、せめて気分だけでも味わいたいという俺のお願いを快く引き受けてくれたリコちゃんは、こうして律儀に写真を送ってきてくれてる。そして今日はプールでの写真だった。

「わっ! リコさんめっちゃかわいいッスね!」
「!!」

 写真に気をとられて、ノブの気配に気づかなかった。不覚。
 ばっちりリコちゃんの水着写真を見たノブの前に手を差し出して「はい、罰金」と言うと急に焦りだした。「冗談キツイっすよ」なんて苦笑いしてるけど、わりと本気だよ。

 俺が部内で彼女の話をしているから、リコちゃんの存在を先輩たちが知っているのは当然だけど、ノブと接点があることには最初驚いた。なんでも同じ飼育員になったそうで、俺が話を聞いたときには既に二人は打ち解けていた。かわいい彼女と後輩が飼育委員だなんて、なんとも微笑ましい光景だ。

「ノブだって、俺らがカナちゃんの水着姿見たら妬くでしょ?」
「そ、それはっ――」
「えー。じゃあ私たちは妬かないんで見ていいですよね?」

 ノブの後ろからひょこっと顔を出したカナちゃんはすぐさま俺の手元を覗き込む。この子にバレてしまっては拡がるのは時間の問題だ。現にナオさんまで興味津々な顔で近づいてきた。

「かわいいー! 前にちらっと見ただけでしたけど、すっごい癒し系! 神さん好きそう」
「だからいつも言ってるでしょ」
「去年も思ったけど、やっぱ神の彼女細くてめっちゃ透明感ある……すごい」
「……これなんていう形ですっけ? 名前が出てこなくて」
「オフショル?」
「あぁ、そうだ」

 白い肌に華奢な体を強調させるフリルのついた水着はリコちゃんにぴったりだった。直接見られないのが悔やまれるけど仕方がない。
 気の利いたコメントを考えてみたけど、結局”すごく可愛い”なんてありきたりな返事をすることに。細かく褒めてもなんだか嘘くさいし、なによりそれ以上の言葉が出てこない。
 写真の背景を見て「どこのプールかな?」と話してる女性陣の楽しそうな声に反応して、周りの先輩たちまでゾロゾロ集まってきた。

「なに? 神の彼女?」
「武藤さん。男性は見物料とりますよ?」
「……目が笑ってねぇよ神」
「なんの話だ?」
「神の彼女の水着姿がかわいいって話」

 何してんだと最後に寄ってきた牧さんはナオさんの一言に「……へぇ」と涼しい顔をして答えてたけど、絶対ナオさんのを想像したに違いない。どこまでも退屈しない組み合わせだ。
 そんな賑やかな時間は一瞬で終わってしまい、もうそろそろで午後錬が始まる。みんながある程度散り散りになったタイミングでさっきのトーク画面に”今夜電話する”とだけ送信した。




 夜、近くにある温泉で癒されたあと、ノブやカナちゃんは二人でさっさとホテルへ戻ってしまった。正確にはノブが強引に連れてったんだけど。なんとも分かりやすい。

「あんなに予想通りだと笑えちゃいますね」
「本当だね。可愛い」
「あいつチョロすぎだろ」

 入口近くの自販機でナオさんや武藤さんと風呂上りの一杯を楽しみながら談笑する姿を去年の俺が見たら、きっとすごく驚くんだろうな。だって去年の今頃、俺はスタメンになんて勿論なれてなくて、合宿の夜はすでにくたくただったから。ナオさんに「体力ついたね」と褒められたけど、それは実感していた。

「じゃあ俺らもそろそろ戻りましょうか」
「そーだな」
「あっ、待って。いま飲み干しちゃうから」
「……バカですねナオさん」
「牧がまだ出てきてねーんだから、お前はもう少しゆっくりしてろよ」

 予想通りというか、ノブとカナちゃんのことは微笑ましく見てるくせに、なぜこうもぽやんとしてるのか。
 もともとピンク色に染まってた頬が真っ赤になってく様子を見て「お風呂上りの牧さんなんてさぞかし色っぽいでしょうね」とからかう。「やだ! そんなん言われたら余計無理! 武藤一緒にいて!」と武藤さんの腕にしがみつくナオさんは本当に面白い。普段シッカリしてるのに、どうしてこうも変貌してしまうんだろう。一番面倒くさそうなポジションにおさまってる武藤さんを見るのもまた面白いんだ。
 無理やりナオさんをその場に残して、俺と武藤さんはホテルへと続く道を歩いた。その間武藤さんの愚痴に付き合うハメになるんだけど、まぁ仕方がない。存分に楽しい思いをさせてもらってるし、この後は最上級の癒しが待っている。

「入らねーの?」
「先戻っててください。俺、ちょっとだけ電話するんで」

 「あー、はいはい」とため息まじりに言う武藤さんの幸せを切に願う。実際いい人だし、そういう存在がいてもいいはずなのに。
 そんなことを思いながら、ポケットにしまってあったスマホを取り出して電話をかける。都心から離れた今回の合宿先は、夜になると星が綺麗だ。空気も澄んでいて昼間の熱さが嘘みたいに過ごしやすい。リコちゃんとも何かの機会で来れたらいいななんてぼんやり思っていたら、いつもの優しい声が聞こえてきた。

『もしもし? 神くん? 合宿おつかれさま』
「うん、ありがとう。今大丈夫だった?」
『うん、平気。待機してたよ!』

 意気揚々と言い切るリコちゃんの言葉に口角が上がった。疲れが吹っ飛ぶとはまさにこのことだ。
 ここ数日でどこに行ったとかあれを買ったとか、次々出てくる言葉はどれも楽しそうで俺までその場にいたような気がしてくる。

『今度は神くんも一緒に行こうね。もう少し涼しくなったら!』
「もちろん、行こうね」
『あっ、ていうか私ばっかり喋ってるね、ごめん。神くんは? 練習どう?』
「そうだなぁ、多分リコちゃん引いちゃうかも」
『えっ……そんなしんどいことしてるの……?』

 少しオーバーに言った俺の言葉に分かりやすく動揺してる。かわいい。

「そういえば……水着、可愛かったよ」
『あっ……へへ。友達にね、何枚も撮ってもらって。奇跡的に撮れたやつを送ったんだよ』
「奇跡? いつものリコちゃんだったよ?」

 他の部員やマネージャーに見られたことは黙っていよう。きっとすごく恥ずかしがるし下手したら怒られてしまう。あれは全部ノブが悪いんだけどな。
 俺の言葉に照れてるであろうリコちゃんの姿が想像できる。こうなってくると会いたくなっちゃうから困ったものだ。

『海やプールに一緒に行くのは来年のお楽しみだね』
「水着なら、今度家に遊びきたとき見せてくれてもいいんだけど?」
『!! や、やだよ! 部屋でする格好じゃないよ!』
「あははっ。まあ、それは半分冗談として……そっちに戻ったら、お家デートしてくれる?」

 頑張った分のご褒美は俺だってほしい。付き合ってそれなりの時間が経過しているんだから、言葉の裏に隠された俺の本音にもきっと気づいてることだろう。
 急に無言になったリコちゃんに「もしもし?」と声をかけると裏返った声で返事をされた。

「それなりに疲れてるしさ。久しぶりに家でゆっくりしよう」
『そ、そうだね。出掛けた時のお土産とか渡したいし、戻ってきたら会おうね』
「うん。じゃあその日を楽しみにあと二日間頑張ろうかな」

 そして数回言葉を交わしたあと、そのまま「おやすみ」と言い合って電話を切った。見るからに慌ててたなぁと思い返しては胸がほわんと温まる。
 そろそろ部屋に戻らないと点呼が始まってしまうなと玄関に向かうと、とっくに戻ってたはずのノブとカナちゃんが手を繋いでこっちに向かって歩いてきた。二人とも「やべっ」と顔に書いてある。ノブにいたっては口にも出てしまってる。
 夜間の外出は禁止ってことになってるのに、全くこの一年生コンビは。もし牧さんあたりにバレたら俺までとばっちりをくう。――けど。

「特別に見逃してあげる」
「えっ、まじっスか!」
「少しくらいの癒しは必要だからね」

 俺の本当の楽しみはもう少し先だけど、今日はいい気分で眠りにつけそうだ。