私を夢から覚ましたのはむしむしする暑さと体にのしかかる重みだった。重たい瞼をこじ開ければ目の前には見慣れた壁と椅子が一つ。間違いなく使い慣れた私専用の寝室である。
 部屋の温度は通常通り、布団は足元に蹴られている。なのにずっと暑い……否“熱い”のは腰に絡まっているこの腕のせいに違いない。顔を後ろにゆっくり向けると見慣れた赤い髪が視界に入ってため息がでた。
 子供のようにべったり抱き着いている大きな男。ちょっとだけ「かわいいな」なんて思ったりもしたが、これを引き剥がさなきゃいけないのかと思うとうんざりする。朝から勘弁してほしい。

「お頭ァ……放してぇ〜」

 昨日寝たときは間違いなく私一人だったうえ寝室には鍵までかけた。――なのに何故?なんて疑問、微かに香るお酒の匂いで全て解決してしまう。こうして部屋を間違えられたのは四回目。鍵を壊されたのは二回目だ。さァ、起きたらどうしてくれようか。
 体を反転させ頭を叩いてやろうと思っても、こうも後ろからしっかり抱きつかれては身動きがとれない。何度も「お頭」と声をかけてみても腰のあたりで感じる熱い息は規則正しいままだ。
 腕から逃れようと体を小刻みに揺すっていたら、腰に絡まっていた右腕がするする胸の方へ伸びてきた。やっと起きたかともう一度声をかけたが、伸びてきた手は私の片方の胸を鷲掴みにして停止。……この男、もしかして。

「……お頭、起きてますね?」
「スー」
「怒りますよ? お頭?」
「スー」
「っ〜〜シャンクス!」

 腰にかかってた規則正しい寝息がぶはっと派手なものに変わる。とっくに目を覚ましていたであろうお頭は心底楽しそうに笑いゆっくり体を起こす。満面の笑みの「おはよう」は太陽のようだ。体を起こすなら胸を掴んでるこの手をさっさと退けてくれ。

「すまんな。また部屋を間違えたらしい」
「それはあとでお説教コースとして、さっさとこの手を退かしてください」
「ははっ、心地よくてついな」
「――っ、揉まないでください!」
「寝るときもこんなものつけるのか」

 人の胸を散々揉みしだいたあと、口をへの字にしながら人差し指でブラジャーのアンダーラインをなぞる。なんてことない動作にぞくりと肌が粟立つが、なんとか平静を保った。自分を褒めてやりたい。
 この前立ち寄った島で買ったナイトブラだ、なんて話を興味なさそうに聞いてるお頭。「バストが綺麗に保たれるそうで」と説明すれば、彼の眉がぴくりと動く。一度離れたはずの右手が服の裾へ伸びてきたと同時に手の甲をつねることに成功して誇らしい気持ちになった。やられっぱなしで済ませるものか。

「いてっ」
「なんですかこの手は」
「まァ、朝からそう怒るな」
「お頭のせいって気づいてます?」
「確かめてやろうと思っただけだ」
「……えろおやじ」

 お頭の表情が楽しそうな笑みから男の妖艶さを含んだそれに変わり、自分の発言を深く後悔する。「嘘です」なんて撤回の隙は与えてもらえず、あっという間に唇を塞がれぬるりとした舌が口内にねじ込まれた。
 抱きしめられているわけでも抱きつかれてるわけでもないのに、さっきより何倍も体が熱くて呼吸が苦しい。何度か角度を変え、そのたびわざとらしくたてられる水音に耳を塞ぎたくなる。なのに力はどんどん抜けていってしまい再びベッドに体を預けるはめに。舌先が歯列をなぞっていく感覚にどうも弱く腰のあたりがぞくぞくした。
 ずっと我慢してた声が小さく出ると、お頭は満足気に笑ってやっと唇を離す。最後に可愛らしいリップ音をたててキスしてきたって私は騙されたりするものか。

「っ……お、かしらのバカ……」
「ベッドの上では名前で呼べと言ってるだろ? ユキナ」
「それは夜の――!」
「夜の?」

 お頭――シャンクスの口端がにやりと上がった。咄嗟とはいえこれまた余計なことを口に出してしまった。これ以上言い合いを続けても無駄だというのは、過去の経験上痛いくらい分かってる。
 私が大きな溜息をつけば「えろおやじだからな。欲求に素直になってみたまでだ」と笑いながら言われる。そんな爽やかに、堂々と言われましても。

「さァ、そろそろ朝飯の時間だ。行こうか」
「先行っててください。いろいろ直していくんで」

 乱れた髪を整え、緩んでるであろう顔の筋肉を引き締める。幹部たちにはバレてしまうだろうけど、他の船員の方が多いうえみんな男。朝から揶揄われるのはどうしても避けたい。シャンクスは「みんな知ってるんだからいいだろ」と言うが、そういう問題ではない。
 そんな私の心中を知ってか知らずか、シャンクスは私の部屋から出る際「続きは今夜だな」としれっと一言残し出て行った。爽やかな朝に似つかわしくない色気のある声はまるで弾丸のようで、それは見事私の鼓膜を貫通する。鏡はないが頬が真っ赤になっていくことくらい分かる。
 結局食堂についたのは私が一番遅くて船員たちには寝坊だと揶揄われ、シャンクスの「随分時間がかかったな」という台詞と私の反応で幹部たちにはお察しされるという最悪な朝だった。
 朝食を食べたら船大工の元へ行こう。もっともっと頑丈な鍵にしてもらうんだ。



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