ホットペッパービューティーなら既にキャンセル可能時刻を過ぎてる。直接店舗にご連絡ください、だ。それくらいギリギリだというのに平然と「この後会えないか」なんて聞いてくる男、それが藤真健司という男である。

「なに。藤真くんから?」
「なんで分かるの」
「嬉しそうな顔してた」
「そんなバカな。三時間後に会えないか?だなんて急すぎるお誘いに呆れてたところよ」
「……といいつつ“仕方ないなぁ”と了承の返事を打つ雪菜であった。マル。」
「からかわないで!」

 高校三年間を共に過ごした友人には何でもお見通しなのか、片手で操作してた画面の内容はどうやら筒抜け。だとしてもそんなナレーションをいれなくてもいいじゃないか。
 結局どう足掻いたってアイツからの頼みは断れないし、どこか期待して夜の予定を空けておいた自分が急に恥ずかしくなってくる。

「そうときたら、これ食べ終わったらメイク直したりヘアセットだけでもしようよ!」
「なんでそうなるの!?」
「誕生日の夜に呼び出されたんだよ!?高校卒業したんだから、そろそろ悪友からステップアップしたいと思わないの!?」

 “いい加減にしろ”とでも言いたげな友人の顔に言葉が詰まった。脳裏を駆け巡るのは入学してから卒業するまで、藤真と過ごした思い出ばかり。私としてはどれも楽しくいい思い出だらけなのだが、今脳内にあるビジョンを他の人間が見れば幼稚な言い合いをしてる男女にしか映らないのだろう。あぁ、一体どこで道を間違えたのか。
 ――綺麗な顔の男子だなと思った。儚げで、字も綺麗そうで、少し近寄りがたい。
 高校入学当初こそ藤真に対するイメージはこんなもので、とてもお近付きにはなれないだろうと勝手に思ってた。それがどうした。実際は儚げとは程遠いやつだったし、字は全然綺麗じゃなくて日直の時何度も「読めない!」と叱ったし、近寄りがたいどころかフレンドリーで寧ろデリカシーに欠けるときだってあるようなただのヤンチャ小僧。けど、そんな奴だからこんなに好きになってしまった。

 「変じゃない?」と友人に何度も聞いたのは胸元がさっきより涼しいせい。まさか服ごと変えることになろうとは。
 いつもと違う髪型、初めて使うヘアオイル、買ったばかりのリップ。複合施設のトイレで何回も確認して「可愛い可愛い」と後押しされ待ち合わせ場所はもうすぐそこ。あ、なんか心臓がやばい。

「おい、雪菜」
「っっ、びっくりしたぁ……!」
「それはこっちのセリフだ。なにコソコソして……んだよ」

 もういるかどうかをこっそり確認しようとした矢先かけられた声に変な汗がでた。振り向けば見慣れた顔……なはずなのに見慣れぬ私服姿にまた胸が締めつけられる。その整った顔であまり凝視しないでいただきたい。

「な、なに……?」
「あっー、いや。ちょっと驚いただけっつうか」

 「とりあえず座ろうぜ」と何かをはぐらかされエスコートされた先は、駅前開発で新しくできたばかりの遊歩道。その脇にあるフリースペース内のベンチに腰を下ろしたはいいが、冬でもないのに美しく輝くイルミネーションのせいでこちらの緊張感は余計に増す。カップルが多い時間帯なのかそもそもここがそういう場所なのか。落ち着きのない私に比べ呼び出した張本人は「ちょっと待ってろよ」と近くの珈琲ショップに入ったかと思えば二人分のドリンクを買ってきたり……一体どこでそのスマートさを手に入れたんだか。

「これ、好きだろ」
「うん。ありがと」
「今日はやけに素直だな」
「私のお弁当の肉をつまみ食いしてた人間が、一体どうやってここまで育ったのかと驚いてたらつい……」
「まだ根に持ってたのかよ!?」
「当たり前でしょコノヤロウ」

 綺麗な顔に似合わずがさつで口の悪い藤真が何か言いたげに口をもごもごさせてる光景は実に奇妙だ。現に「気味が悪い」といつもの憎まれ口を叩いてみても想像していたリアクションは返ってこず「おー」なんて心ここにあらずなものばかり。こうも静かだとただホット珈琲を飲んでる綺麗な横顔にうっかり見惚れてしまうから本当にやめてほしい。

「誕生日、おめでとう」
「へ……?」
「オレから雪菜に。今年はその、なんだ……花形と選んでねぇやつ」

 どこから取り出したのか綺麗に梱包された長方形の箱には有名なチョコレート専門店のロゴ。わざわざ店舗に行って一人で買いに行った姿を想像すると感動が胸の内から込み上げてしまい言葉が出てこない。去年もらった黄金豚まんからとんでもない昇格じゃないか。頬杖をついたまま「なんか言えよ」なんて気恥ずかしそうな顔が幼く見える。

「嬉しい……ありがとう」
「……また去年と比べてんのか?」
「まぁ一瞬出てきたけど。でも今は純粋に……すごい嬉しくって」

 何回お礼の言葉を口に出せばこの感動が伝わるだろう。好きな人が自分のために一生懸命選んだであろう贈り物。食べるのが勿体ないそれを早く開けるよう促され、それはそれは丁寧に。宝箱を開くような気持ちで中を見ると宝石のようなチョコレートの粒たちが綺麗に整列していた。

「おいひぃ……っと、藤真も食べる?」
「バーカ。お前にやったんだから全部食えよ」
「やばい。なんて贅沢……幸せ……」

 口の中でとろけるチョコと共に脳内が溶けていきそうな感覚だったその時「かわいいな」と静かな呟きが聞こえてきた。犬が歩道を散歩していたのか、猫が近くを通ったのか辺りを見渡してみてもそれらしきものは見当たらず。たださっきと違う点はしまったと言わんばかりのリアクションで自身の口許を押さえてる藤真だけだ。

「……聞いた、か?」
「えっと……なんかいた、の?」

 長い沈黙が続き咄嗟に思ったのは、こちらを見つめてくる藤真から早く逃げないと。ただそう思った。じゃないと私は呼吸困難で死ぬ気がする。ドクドク鳴る心臓の音を落ち着かせながらチョコレートの箱をバッグに入れようと手を伸ばした――が、その手を汗ばんだ大きな手で握られてはどうしようもない。所謂“詰んだ”という状況だろうか。

「逃げんな」
「逃げてない!用事が、ほら、用事あるから」
「なに。男?」
「はぁ!?違うけど!」
「そんな恰好で、オレ以外に誰と会うんだよ」

 体中の熱が一気に顔に集まった。気合入っているのがバレバレだったという恥ずかしさや少しは可愛いと思われてたのかなという淡い期待や嬉しさ。心の中で小躍りする自分と逃げたくてジタバタする自分。

「そんな可愛くしてくんなよな。……予定が全部狂ったろうが」
「し、知らないわよ!急に呼び出しといて……」
「それはマジで悪かったって」

 離れない手の熱がどんどん熱くなっていく。指で手の甲をなぞってきたりするのはわざとなのか。「へんたい」と暴言を吐いて自分の熱を冷まそうとしてもそのたび楽しそうに笑う美しい悪魔を誰か捕えてくれ。

「その“へんたい”と会うのに、そんな胸が見える服着てくんなよ」
「……ミスは認める」
「いろいろしたくなったろ」
「バカなの!?」
「っ、あのなぁ……好きな女相手に思わねぇわけねーだろ!」

 こんな形の告白があるだろうか。ブルーのLED照明に照らされたお洒落な空間でこんな頭の悪いやり取りをしてる男女なんて私たちくらいなものだ。もう感情がぐちゃぐちゃで声が震えてくる。

「で、返事は」
「せっかちすぎ……信じらんない……」
「泣くなよ。泣いたらキスすんぞ」
「……泣かなかったらしないの?」
「言ったな?」

 口が悪くてがさつで、字が汚くてデリカシーに欠けてせっかち。今だって、私の煽りにすぐ乗ってしまう。そんな藤真健司という男の口付けは驚くほど甘く「逃がさねぇからな」と囁いた表情はまさしく美しい悪魔だった。




チョコさん(@chococo_sd)への捧げもの。お誕生日おめでとうございます。



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