「え。三井、今日誕生日なの?」

 広いキャンパスの中で何故かいつも出会ってしまうこの三井寿という男とは、なんだかんだ三年とちょっとの付き合いになる。両サイドにいる友人Aと友人Bは今日初めて見る顔だ。きっとバスケ繋がりで出来たのだろう。
 人当りのいい笑顔の友人Aが「今夜どう?」と誘ってきたのは、友人Bに口許を押さえられてる三井のお誕生会……という名の飲み会。その誘いを受けた結果、冒頭の台詞になるのだがなんとも面倒くさい。

「プレゼント持参じゃなくていいなら行ってあげなくもない」
「なんだよ三井。お前まるで相手にされてねーじゃん」
「っ、だからオレと桜城はそういうんじゃねぇって言ってんだろ!」

 今にも噛みつきそうな勢いとはこのことだ。望んでもいない会を勝手に計画され苛立つ気持ちは分からなくはない。
 それにしても“お誕生日会”という言葉と目の前にいる強面のミスマッチについ笑みが零れる。いや、似合わなすぎでしょ。

「で、テメェはなに笑ってやがんだ。でもってなに忘れてんだ」
「いや、お誕生日会なんてガラじゃなさすぎ…って、なんで腕掴むの」
「逃げんだろ」
「逃げるでしょこんなおっかない顔のやつがいたら」

 眉間の皴がさっきより深くなってるというのに、止め役になりそうだったAとBの姿はどこにもない。面倒事だけ持ってきて逃げやがったな畜生。
 結局男の、しかも三井の力に敵うはずもなく。腕を掴まれた私はそのままずるずると中庭のベンチに強制的に座らされてしまった。二人きりになるなんて過去何度もあったっていうのに何で今日はこんなにも居心地が悪いのか。

「あー、つうかよ。マジでオレの誕生日知らなかったとかねぇよな」
「まぁ〜。七月とか八月なんだろうなとは思ってたよ」
「なんだそれ。全然ちげぇし」
「あんな暑苦しい友達がいて暑苦しい横断幕つくられるような人間が春とか冬に生まれてるイメージないじゃん」
「お前、夏生まれへの偏見がひでぇな」

 すっかり項垂れてしまった三井の様子に少々困る。こんなこといつものことだというのにそんな落ち込まなくても。

「わかったわかった。確かにプレゼントなしは酷かったわ。私と三井の仲だもん」

 「これあげるから元気だして」と手渡したのはたまたまバッグに入ってた替え玉無料券。少しだけついてた折り目を伸ばしたというのに、そのペラペラの紙は再び三井の手の中でくしゃりと情けない音をたてた。人の好意になんてことを。

「なにすんの!」
「あー……頭いてぇ」
「なに。頭痛薬も欲しいってか」
「っ、なんでお前みたいな女を好きになっちまったのか分けわかんねぇっつってんだよ!!」
「えっ、言ってなくない……?」

 大きな声に驚いて反射的に冷静な受け答えをしてしまったが、三井の言った台詞を咀嚼して飲み込むのには相当な時間が必要だった。
 高校三年間クラスが一緒で進路も同じ。確かによく話をしてる方だとは思うが、男女のロマンチックな展開に発展するようなあれやこれは一切なかったのだ。「どうせ暇だろ」という小憎たらしい決めつけで急に行事に誘われることはしばしばあったとはいえども。…実際暇だったからついていった私も私だけども。

「え。三井、私のこと好きなの?」

 十分前も似たようなことを言った気がする。そう、彼は今日誕生日なのだ。大人の階段を一つ登ったというのに目の前の男の顔はまるで少年のようで頬っぺたなんて赤ちゃんみたいに真っ赤である。私より可愛い反応をするのはやめてくれ。

「……だったら悪ぃかよ」
「わ、悪くないです」
「……それにしても、好きな女からコレしかもらえねぇとか。そんなに可能性なかったとはな」

 くしゃくしゃになった替え玉券を指で遊ばせてる姿を見て咄嗟に「違う」と声が溢れた。だって替え玉券を渡したことが告白の拒絶と思われてたらそれは私の意に反してるからだ。

「えぇっと……その、一緒に行こうよ、ラーメン」
「は?」
「お、お腹空いてきたし!いろいろ詳しい話はさ、ご飯食べながらでもいいじゃん!」
「ラーメン屋で告白の返事聞くやつがどの世界にいんだよ」
「た、食べ終わったあととかさ!」

 言いたいことを言ってどこかスッキリした様子の三井に反して、状況をゆっくり飲み込めた私の心臓はいまさらトクントクンと煩く鳴りだした。

「へぇ。ってことは、今日は夜までお前の時間をオレがもらっていいってことなんだな?」
「え」

 赤ちゃんのような真っ赤だった頬っぺたはどこへやら。その顔は確かに少し大人びた異性の表情でつい目を背けてしまった。「こんな三井、三井じゃない」という我ながら意味不明な反論が精一杯だったし、隣駅のラーメン屋さんに到着するまでの道のりがこんなに長く感じるとは。

 ちなみに誕生日プレゼントであげたくしゃくしゃの替え玉無料券は有効期限切れで使えなくて、さっき私を好きだと言ったのは嘘だったんじゃないかと思うくらいの勢いで怒られた。結局その後新しい誕生日プレゼントを渡すことになったのだが、その話はまた今度することにしておこう。



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