早朝のジョギングなんて、昨日のお風呂上がり体重計に乗らなければ絶対してなかったに違いない。あまりの衝撃に二度見してしまい「やだな、ついに壊れたか」なんて独り言を言いながらもう一度乗ったりなんかしたけど、絶望の回数が増えただけだった。
 昔使っていたランニングシューズはまだ綺麗なまま。もともと持続性に欠けると自覚してはいたが我ながら呆れてしまう。

 布団から抜け出したとき感じた体の重たさは徐々に軽くなって、ぼんやりしてた意識は外の澄んだ空気と朝日のおかげで正常に戻った。お気に入りのワイヤレスイヤホンを相棒に、せっかくだから海沿いのコースを走ろうと思ったのはどうやら大正解だったみたい。潮風がとても気持ちいいし、好きなアーティストの歌声に余計テンションがあがる。

「おいって!」
「うぎゃ!?」

 キラキラ光る水面に目を奪われていたとき、肩をポンと叩かれた。イヤホンから流れる音楽と目の前の美しい光景から一気に現実世界へ引き戻された。その犯人はクラスメイトの清田。まさかこんなところで会うなんて。制服以外の清田を見たのは初めてだったからなんか変な感じだ。

「びっくりしたー!」
「そらこっちの台詞だ! 何回声かけたと思ってんだ」
「あー、ごめん。音楽聴いてた……って、どうしたの清田」
「こいつの散歩がてらランニング」

 持ってたリードをくいっと引っ張ると、清田の足元でいい子にお座りしてたワンコがぶんぶん尻尾を振っていた。かわいい。
 私のとは違って年季の入ったランニングシューズをみるところ、毎朝お決まりのことだというのが容易に想像できた。さすがバスケ部。しかもスタメンらしいし。
 早朝だというのにやけにスッキリした顔つきが眩しい。さっき叩かれたとき感じたけれど、あの大きな手もすごく熱かった。きっと低血圧とは無縁ってやつに違いない。

「いつもここ通ってるの?」
「おう。風がいい感じなんだよな。っつーか、お前はなんで急に走ってんの? 運動部じゃねーだろ」

 太ったから、なんていくら相手が清田でも言いたくない。「基礎体力向上のため」なんてもっともらしい理由を述べると、感心したような眼差しを向けられてしまった。そんな純粋な瞳で見つめられると胸が痛い。すいません、食べ過ぎたんです。

「でも私、持続力ないんだよね」
「じゃあ毎朝この時間で待ち合わせして走ろーぜ」
「へ?」
「俺と!」

 きっと深い意味なんてないんだろう。思いつきから出たような爽やかな言葉にはそれなりの破壊力があった。清田の長い髪が潮風に吹かれ、ニカっとした笑顔は水面のキラメキに似てる。
 せめてこのシューズが少し汚れるくらいは頑張ってみようかな。





side 清田


 目覚まし時計が鳴るより早く目覚めた朝はボサボサの髪を整えるため簡単にシャワーを浴びる。気持ちがシャキっとする気がしてすげー気持ちがいい。
 早朝のランニングは中学からの日課で犬の散歩も手馴れたもんだ。俺に似たのか、それとも俺が似たのか、落ち着きのない愛犬が容赦なく顔を舐めるのを制止しながら今日もいつものランニングコース。
 そんないつも通りの朝だったはずなのに、想定外のことが一つ。

「はっ……?」

 角を曲がった先を走っていた女の子の後ろ姿には見覚えがあった。というか、想い人の後ろ姿を間違える男なんているんだろうか。これはチャンスだ。
 ……なんて思ったはいいが、情けなくも急に緊張してきて声をかけるタイミングを失った。追い越さないよう速度を落としつつ、どくどく鳴ってる心臓を無理やり落ち着かせ後ろから遠慮がちに声をかけてみた。
 なのに、全然と言っていいほど振り返らない。さては音楽でも聴いてるなと思い、今度は思い切って肩を叩いてみる。つーか、これで別人だったらヤバイ奴じゃん俺。
 が、そんなことは杞憂だった。「うぎゃ!?」なんて、女とは思えないリアクションと同時にこっちを向いたのは思った通りの人物。そんな声出すくせに、なんで朝からそんな可愛いんだよ畜生。

「びっくりしたー!」
「そらこっちの台詞だ! 何回声かけたと思ってんだ」
「あー、ごめん。音楽聴いてた……って、どうしたの清田」
「こいつの散歩がてらランニング」

 見慣れないランニングウェア姿は体のラインを強調させて正直目のやり場に困る。わざと声をデカくしたり明るく振る舞ってみたり、いつも通りの清田信長を必死で演じてるっていうのにこんな時に限ってうちの犬は大人しい。もう少し暴れてくれれば気を紛らわせるってのに。

「いつもここ通ってるの?」
「おう。風がいい感じなんだよな。っつーか、お前はなんで急に走ってんの? 運動部じゃねーだろ」

 純粋な疑問だったが、口にしてすぐ後悔した。
 女子が急に運動したり走ったりする理由は、だいたい太ったとかそれ系の理由だって。前に姉ちゃんに言われてこっぴどく叱られたんだった。
 それに、ただのクラスメイトの部活動を把握してるって、女子からすればキモイのかも。いや、俺にとってはただのクラスメイトじゃないから知ってるだけなんだけど。

 何も言えないでいると「基礎体力向上」なんて真面目な回答をされ素直に関心した。まぁ、こいつそんな太ってねーしさすがに気にし過ぎか。
 そして、持続力がないと苦笑いを浮かべている姿を見て閃いてしまった。めちゃめちゃ勇気を振り絞った提案は、果たしてどう受け止められただろうか。






BACK