『寝ている彼に近づいてみた』シリーズA


 雲ひとつない青く晴れた空に澄んだ空気。久しぶりの晴天に恵まれたおかげでいつもよりかなり気分がいい。お気に入りの音楽を聴きながら昼食後のデザートでも食べようかな、なんて思っていた時だった。

「桜城ー。清田知らねぇ?」
「知らなーい」
「あいつの行きそうな場所くらい把握してろよな〜。マネージャーだろ?」
「バスケ部のね! 別にノブのマネージャーじゃないから私」
「探しといてくれよー」

 貸してた雑誌がちっとも返ってこなくて困ってるんだよ。そんな面倒事を全部私に押し付けた男子はさっさと教室を後にした。雑誌くらい明日まで待てないのだろうか。
 せっかくのお昼休みが。せっかくの私のデザートが。と、ぶつくさ文句を言いながら結局ノブの行きそうな場所をこうして探し回ってしまう。

 ”バスケ部マネの桜城は、清田のお世話係”
 周りからのそんな扱いはもう慣れっこで「仕方ないなぁ、やれやれ。全くもう」なんてボヤくのは口だけだったりする。だって好きだもん。清田のことなら桜城に聞いておけば、みたいに思われてるのは正直ちょっと嬉しい。

 部室か屋上か、残るはその二択。自分の直感を信じて向かった屋上の重い扉を開ければビンゴで、フェンスにもたれかかって気持ちよさそうに寝ているノブがいた。

「ノブ」

 余程深い眠りについているのか起きる気配が全くない。昨日も遅くまで練習だったし仕方ないか。体力オバケだとは思ってるけど、やっぱり疲労は溜まるはず。お腹の上に乗ってる雑誌はノブの呼吸に合わせて上下に動いてる。……さっきの奴が言ってた雑誌はこれか。男子って回し読み好きだなぁ。

「……日向ぼっこって、ホント動物みたい」

 熱くも寒くもなく湿度もない。屋上でお昼寝するにはうってつけの陽気だと思うけど、ノブがそれをしてるとなんか面白い。表情豊かなこいつのこんな穏やかな顔が見られるなんてすごく貴重だ。写真に残しておきたいけどシャッター音でバレてしまいそうで行動に移しにくい。
 日光に照らされてキラリと光ったヘアピンがふいに視界に入った。部活や試合ではいつもヘアバンドで止めてる前髪。「授業中も邪魔なとき止めとけば?」と私が前にあげた安いヘアピンが前髪に数本止まっていた。しかも色付きの少し可愛いやつ。なんで似合っちゃうかな。
 なんとなくあげたそれを未だに使ってくれてることが嬉しくて、ちょんちょんとヘアピンを触った時だった。

「……しねーの?」
「は、」

 目を瞑ったままのノブの口元がゆっくり動いた。次の瞬間パチっと開いた瞳はとても寝起きとは思えない。

「は!? まさか、寝たフリ!?」
「ちゅーすんのかなと思って待っててやったのに」
「ばっ……バッカじゃないの!? するわけないじゃん!」

 寝顔が見られてラッキーくらいにしか思ってなかったのに急に何を言い出すんだ。面白くなさそうに口を尖らせ「なーんだ」と拗ねるノブと顔を合わせるのが気恥ずかしい。だって今の私、絶対に顔赤い。

「雑誌早く返せって伝言、伝えにきただけ!」
「あー、これな。わぁったよ」
「せっかく天気いいし、好きなことして過ごそうと思ってたのに……いっつもあんたのお世話役なんだもん」
「……じゃあ世話役やめる?」

 それは嫌だ、と口にできず言葉に詰まった。だってその肩書をなくしたらこうして部活の外でもノブの隣にいることが難しくなってしまう。だからもう少し手のかかる同級生でいてほしい。寝転がっていた体勢から勢いをつけて起き上がったノブは、下がってきたヘアピンを解こうと悪戦苦闘している。

「解き方が乱暴なのよ。それじゃ髪抜けてハゲるよ」
「こんなことでハゲてたまっか! っ、これ取るとき痛ぇんだよな〜。だからさ、今度はヘアバンドくれよ。新しいの」
「あのねぇ。ヘアピンとの差額考えて言ってよね」
「いーじゃんかよ。試合で使うんだし……彼女からもらったやつのが気合入るだろ」
「――は?」

 誰が、誰の彼女だというのか。当然のことのように言うから反応するのに大分時間がかかった。まって、なんであんたがちょっと照れ臭そうな顔してるのよ。

「いつ、彼女が? え、まって、何何。分かんない」
「あのなぁ。世話役じゃなくなるんなら彼女以外何があんだよ」
「ちょっ――、待ってよ。あんた自分で何言ってるのか分かってる!?」
「雪菜にならちゅーされてもいいっつーか、寧ろ大歓迎って思ってたのに。……なんだよ。好きなのは俺だけかよ」

 またムスっと不貞腐れるノブに口付けするなんて勇気はもちろんない。だけど、そこまで言うなら新しいヘアバンドはプレゼントしてあげる。小さい声でそう言った私に満足気に笑ったノブは、それはもう可愛くてカッコ良くてキラキラしてて、顔に熱が集まる。あぁ、今日も部活があるっていうのに一体どうしてくれるんだ!


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