担任に頼まれてたプリントの束を纏め職員室へ向かおうとした時、清田に「持ってやろうか?」なんて声をかけられた。

「そんなことより、私が戻ったらすぐ始められるようにプリント出して待機してて」
「ちっ、はいはい」
「…ちっ?」
「だー、わぁったよ。すみませんでした。大人しく待ってます!」

 私たちのこんなやり取りを見慣れた様子のクラスメイト達は笑いながら帰り支度を始めてる。
 学級委員の仕事に清田の世話って含まれてたっけ?もし含まれてたのなら委員決めのときもっと強く拒否したのに。特別手当とかだしてほしいもんだ。

「頑張れよ清田ー」
「清田いいぞー。今日こそ委員長オトせよ!」
「うるせーな! さっさと帰れよお前ら!」

 男子って本当バカだなって思う。
 清田の交友関係は平均より広い。友達の系統って大体似る気がするのに、清田にはそれがない。いい奴だとは思う。でもバカだなとも思う。

 そんな奴に何故か私は懐かれてしまったようで暇さえあれば桜城、桜城。そんな毎日にうんざりしつつも結局付き合ってあげてしまうのはもともと持っている私の面倒見の良さが原因なのだ。
 つまり、そんなコンビがクラスにいたらそりゃからかう対象にもなるわけで。
 今日みたいに放課後勉強を教えるだけの日だって外野がうるさい。人のことより自分はどうなんだ。

「清田ー、解けた?」
「まだできるわけねーだろ」
「威張んないでよ」

 海南バスケ部のスタメンなのだから、テストで赤点なんて言語道断。そんなことで先輩たちの足を引っ張るわけにはいかないからと頭を下げてきた清田の心意気は立派なもんだと思った。
 すっかり静かになった教室に響くのは清田の滑らすペンの音とたまに唸る声。どうせ汚い字なんだろうなと思ってプリントに目を落としたけど、意外にも普通に読みやすかった。って、そういえば先週も同じことを思ってした気がする。我ながら清田への評価が酷いな。

「俺この前からすげー頑張ってね?」
「うん。そうね」
「……そうね、じゃなくてさ」
「なに?」
「なんかねーの?」

 もしかして労いの言葉やご褒美を求められている?だとしたら一体どの立場からの台詞なんだ。
 呆れてものが言えず、手首に巻いてたヘアゴムを清田のおでこにパチンと放った。

「ってぇ!」
「そういうことはこのプリント全問正解してから言おうね清田クン」
「あー、もう……あー、クソ」
「っていうか、ご褒美ならあんたの先輩とかがしてくれるでしょ」
「は?」
「牧先輩とか、2年の神先輩とか? 優しそうじゃん」
「いや、まぁ……優しいっつーか、それはそれで嬉しいけど、よ。そうじゃなくて」

 次第にもごもご口ごもる清田は盛大な溜息をついたかと思えば、ヤケになったようにプリントと向かい合い始めた。
 いきなりやる気を出したりなくしたり、忙しい男だな。
 この間見てあげたときは解き方をいちいち説明してあげたのに、なんだか今日は大丈夫そうで少し拍子抜けだ。一応家でもきちんと勉強しているのか。

「なぁ、桜城」
「なに? どこか分かんないとこあった?」
「今度のテスト終わったらデートしねぇ?」
「………は?」
「俺と、どっか遊び行こーぜって言ってんの」

 私をからかって言ってる言葉じゃないことはすぐに分かった。だから余計にタチが悪い。いやいや、そんなことしたら周りに余計何か言われるじゃん。
 ドキっとしたというより、驚きの方が勝って暫く声がでないでいると痺れを切らした清田に再度声をかけられた。

「えっ、あっ。って、いやいやいや、何言ってんの急に」
「部活頑張って勉強頑張って、ご褒美もねーの。ちょっとは可哀想とか思えよ」
「…そんな慈悲の心でオーケーされて虚しくないの?」
「るっせーな! 虚しいに決まってんだろ!」

 本当に意味が分からない。部活がすごく大変なのは分かるけど、こんなに頭がおかしくなるくらい気が滅入ってるなら好きなときに好きな場所へ行けばいいじゃないか。

「お前…成績、学年で上から数えた方が早いよな?」
「ま、まぁ一応ね」
「はぁ〜……なんでそんなバカなんだよ……」
「はぁ!?」

 失礼すぎると、机に突っ伏した清田の頭をパシンと叩くと目にも止まらぬ速さで手首を掴まれた。
 ガタンと立ち上がった清田につられてよろけながら腰をあげると、頬を紅潮させた清田が顔をくしゃっとさせて真っ直ぐ私を見ていた。
 そんな状態の沈黙が5秒も経てば、自分の置かれてる状況が少しは理解できて。私まで全身の血液が沸騰したかのような熱に襲われた。
 話を逸らそうとした私を許すはずもない清田は、未だ握ってる私の手首にまたきゅっと力を込める。

「好きだって言ってんだよ! っ、そろそろ気づけよ鈍感女!」
「な、言われてないし……そんな大きい声出さないでよバカ!」
「好きじゃない女にデートしてくれなんて頼むわけねーだろ!」

 言われてみればその通り。でも、だってまさか清田が本当にそういう目で私を見ていたなんて夢にも思わなかったから。
 ちょっとおバカな大型犬に懐かれてしまったという感覚だったのに、そんなこと言われたらいきなり男の人だと強く意識してしまう。だから今すぐにでもこの大きな手から逃れたいのに、このバカは全然それを許してくれない。
 そう考えると、過去のいろいろな行動が全て私への好意の現れだったのかと思うと途端に恥ずかい。そして周りから見たら私はとんでもない鈍感女ってことになる。
 さっき男子たちがからかい口調で言っていた台詞は、半分はちゃんとした清田へのエールだったのだ。

「待って、ハズすぎ。顔見れないからちょっと離して」
「……んだよ。急にそんな可愛いこと言うなって」
「………90点」
「は?」
「次のテストで90点以上とれたら、デートしてあげてもいい」

 我ながら無理難題を突き付けたと思う。でも時間が欲しかった。こんな空気にされて即デートなんてしようものなら、清田のペースになってしまいそうで正直怖い。
 すると清田はしてやったり、といった顔でゆっくり私の手首を放したかと思えば机の上のプリントをトンと私の肩に突っ返して一言。

「言ったな?」

 先週頭を抱えていたのと同レベルの問題用紙の答えは全て埋まっていて、しかもざっと見たところほぼ正解だった。「え!?」とつい出た素っ頓狂な私の声を聞いた清田は自分の鞄を持って満足気な表情で帰っていった。

 清田と中学が一緒だったクラスメイトは、清田の頭が実は悪くないということは本人から口止めされていたらしい。これは後から友人に聞いた話で、今度は私が頭を抱える番だった。


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