「女子ってこういうの好きだよね」

 お昼休み、誰もいない屋上で私が読んでいた雑誌を後ろからひょいと取り上げた宮城。こういうの、とは雑誌の特集ページになっていた占い。私から取り上げたそれをまじまじと読んでるんだから、宮城だって人のことは言えないじゃないか。
 手持無沙汰になってしまったので仕方なく残りのお弁当に手をつけなおすと「げ、俺今週運勢悪いじゃん」と残念そうな声。ちなみに私はかなり良かった。

「占い信じないんじゃないの」
「信じないとは言ってない。女の子って好きだよねって話」
「ファッション雑誌のオマケについてる占いなんて当たらないよ」
「ラッキーアイテム、卵料理だって」

 その言葉に箸を持つ手が止まった。まさにたった今お弁当の端に鎮座していたふわふわの卵焼きをつまもうとしていたから。雑誌に向けられていた目は既にこちらを見ていた。

「くれってこと?」
「今日誕生日だし、俺」

 知ってますとも。なんてことは勿論口に出さず「なら仕方ないなぁ、やれやれ」みたいな雰囲気をこれでもかと出しながらお弁当箱を渡した。それと交換という意味なのか、手渡されたのはチューイングガム。絶対に対等な取引じゃないけど、そこは目を瞑ることにしよう。

 宮城とこんな気軽なやりとりをするようになった全てのキッカケは、今年の春この男から告白されたことだった。
 そのとき私は付き合ってた彼氏がいたからフッたけど、周りの友達に聞けばもう私で数人目だというじゃないか。手当たり次第とは全く失礼な男だな、なんてマイナスイメージからのスタートだったのに、一体なにがどうなって今私はこの男を好きになってしまったのか。告白されるとそれから相手のことを気にしだす、ってよく言うけどまさにあの説を立証してしまったのだ。
 なんとなく目で追ってればすぐに分かった。そこまで不誠実な男じゃないってこと、一見チャラいけど面倒見がいいこと、リーダーシップのある頼れるやつだってこと、本当は同じクラスの彩子を一途に想っているということ。
 彼氏と別れたネタをきっかけにまずは友人にステップアップすべく「彼氏と別れたから今フリーなんだけど、付き合う?」そう急に持ち掛けたときの宮城の焦った顔は忘れられない。当たり前の反応だ。だってその頃彼の頭のなかは忘れたかったであろうアヤちゃんでいっぱいだったのだから。
 私の軽いノリが宮城の罪悪感を打ち消したのか、そこから友人関係になるのはそこまで時間がかからなかった。

「お誕生日サマ、満足していただけたでしょーか」
「すっげー満足しました」
「アヤちゃんからも何かお祝いもらえるといいね」
「……くれると思う?」
「飴玉くらいなら望みあるかもよ」
「っ…アヤちゃんからならそれだけでも嬉しい」

 病的だなと呆れてしまうが、私も片手で握りしめてるチューイングガムが嬉しくて仕方ないのだから人のことは言えない。毎日毎日これだけ好きなオーラを出すくらいだから、きっとあの時の告白にオーケーを出してもこの前の彼氏同様自然消滅だったに違いない。というか寧ろ、そっちの方がこんなに好きにならなかったかもしれない。

「宮城はさ、なんであの時私に告白したの?」

 唐突すぎた問いかけに宮城の動きがぴたりと止まる。「いくら代わりっていっても、好みがあるじゃない」と続けて言うと、困ったような照れてるようなリアクション。彩子は可愛い女子高校生というより、いい女って言葉がよく似合う子だと思う。勿論私はそんないい女に該当するわけもなく。ただただ不思議だった。

「えー、それ…今聞く?」

 参ったなというように空を見上げていた宮城は、意を決したのか両膝に手をパンとつき向き直った。つられて私まで背筋が伸びる。

「1年の冬にさ、雪菜ちゃんとここで初めて会ったんだよ……まぁ覚えてないと思うけど」
「え、嘘。告白の日じゃなくて?」

 意外すぎた台詞につい出たのは自分の間抜けな声。「あー、だから言いたくなったのに」と頭をガシガシかいてる宮城が途切れ途切れ語りだすそれらは、聞いていけばなんとなく思い出せるような、そんなぼんやりしたものだった。

「え、で、その時……ピアスつけてるのかっこいいねって言っただけ?」
「まぁ、距離も近かったし、笑った顔が可愛かったからドキっとしたというか……あー、こんな子と付き合えたら嬉しいかなって」
「なんか、意外……本当手当たり次第なのかと…」
「んなことしないよ流石に。つっても、結局不誠実なことに変わりはないけど」

 そんな最初の頃のことを未だに覚えて、少しでも私をいいなと思ってくれてたのがたまらなく嬉しかった。
 どんな高級なプレゼントでも彩子がくれるかもしれない飴玉には勝てないし、声が枯れるほどの応援も、ベンチから聞こえる彩子の喝には到底敵いっこない。なのに、それでも目の前の男をドキリとさせることに成功していたのかと緩む口元を隠しきれない。

「笑うなって」
「ごめん。……じゃあ例えばさ、今ここで私が告白したら、宮城はドキっとする?」
「ひとつ言っていい?」
「うん」
「もうしてる」

 そっぽを向いてしまった宮城を見て堪えていた笑いが一気に溢れ出た。
 彩子を一途に想っている姿に惹かれてしまった私の完全負け試合だったけど、こんなにもいい気分で終われるなんて私は幸せものだ。あのファッション雑誌の占いも捨てたものじゃない。


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