私が入学した海南大付属高校は強豪バスケ部があることで有名な学校。その程度の知識しかなかった私がいまバスケ部の練習試合を見に来ているのは、ミーハーな友人に半ば強引に連れてこられたからである。バスケなんて中学の体育授業でしかやってこなかったし、そもそも球技が苦手な私はとことん関心がなかった。

 練習試合といえどさすが強豪校。ギャラリーは想像の倍はいたし、選手たちの熱気がとにかく凄い。あんな狭いコートを180cn越えの屈強な男たちがいったりきたり。私の知ってるバスケットボールとは全く違うスポーツに口がだらしなく開きそうになってしまう。
 そんな中、パスを受け取った選手に一瞬で魅せられてしまった。忙しなく人が動き回っていたコート内に静寂。そんななか綺麗なシュートフォームで見事ボールをゴールへ投げ入れたのは、同じクラスの神宗一郎だった。



 神くんとは1年のときから同じクラスだったけど、特別親しいわけじゃなかった。けれど全く喋らない仲かというとそうでもない。特に今年は席が隣ということもあって、用があれば話すくらい。まぁ、所謂クラスメイトの○○さんレベルの仲である。

「おはよう」
「あ、あぁ、おはよう神くん」

 だからこうして挨拶くらいなんでもない。なんでもなかったはず、なのに、少し今日は気恥しい。理由は単純明快で、昨日の試合の神くんはとてもかっこよかった。わかり易すぎる理由で我ながら呆れてしまうが、女子高校生の恋のスイッチの入り方なんてそんなものだろう。

「今日一限なんだっけ?」
「せ、世界史だよ」
「あー、オレ谷口先生苦手なんだよなぁ」
「意地悪な問題ばっかだすんだよね。得意な人の方が少ないよ」
「確かに」

 いつも通りのなんて事ない会話をして席に着けばあとはそれぞれ違うことをして、きっとあっという間に朝のHRの時間になる。の、はずなのに。

「……えっと。神、くん?」
「どうしたの?」
「何かついてますでしょうか?」

 真っ直ぐに見られている。なんなら身体をこちら側に少し捻りながら頬杖をついて。それで「どうしたの?」という台詞が出てくるなんて、こっちが「どうしたの?」である。
ヤレヤレとでもいった感じの溜息をひとつつかれ「どうだった?試合」と苦笑いされる。

「えっ、え、あー、もしかして試合?」
「昨日、たまたま見つけたからさ。珍しいなって」
「ミクにね、試合見ようって凄い勢いで誘われたんだ。いや、初めて見たけど凄かったよ!神くんがゴールキメたとこも見たよ」
「うん、そっか。どうだった?」

 ピシッと体のどこかが音をたてた。綺麗だった……というのは間違いなく思ったことであるが、男の人にそれは褒め言葉としてどうなのだろうか。かといって「カッコよかったよ!」と明るく何の気なしに言える自信はなかった。

「ほ、褒め言葉と受け取って欲しいんだけど」
「うん」
「……き、綺麗だなぁって思ったよ」
「へぇ。……太田さんから聞いてた話とは少し違う気がするけど、まぁ今日はそれでいっか」
「……へ?」

 太田というのは、昨日私を無理やり体育館へと引っ張ったミーハーな友人、太田ミクのことだ。昨日の試合を観たあと、帰り道は当然友人のミクと一緒だったわけで。あの時の私は、神くんの知らなかった一面を見たばかりできっと余計なことをぺらぺら喋っていたに違いない。あまり思い出せないのがいい証拠である。
 嫌な予感がした。窓側の席へ視線を勢いよく移すと、にんまり笑ってこちらを見ていたミクと目が合った。錆びた機械のような動きで再度首を神くんの方へ戻すと「あぁ……太田さんに練習試合の日程教えたの……オレだったかも」なんてすっとぼけた小芝居をされる。グルだ。とんでもないところが繋がっていたんだ。
 ただ、そうなると一つ疑問が生まれる。

「なんで…?」
「さぁ、なんでだろうね」

 一限の世界史担当谷口先生よりも意地悪な問題をだされ、私の頭はパンク寸前。たまにクスッとする神くんの笑顔はすごく綺麗だったけど、さっきまではなかった悪魔の触覚と尻尾が生えて見えた。


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