ラスト・オルカ
犬養×逆叉

 逆叉さんとは結局、合計100回近くセックスをした。
 逆叉さんの時間がある時だったり、機嫌がよさそうな時だったり、また誰もいないと言う理由だけで、俺はしつこく逆叉さんに強請った。
 初めて知った甘いものに惹かれてやまない飢えた子供のように、俺は何度も逆叉さんを求め、逆叉さんは理由もない限りそれを撥ねつけることもなかった。
 逆叉さんの身体は、酷く痩せて怪我だらけで、でも背中だけは綺麗に、白い肋の階段を作っている。挿し混む瞬間は酷く窮屈な癖に、一度受け入れるとずくずくと潰れるように、たっぷりと濡れ孕んで俺を咥える。
 腕に抱いて寝ることは許してくれなかったが、俺は何度だって逆叉さんを妊娠させるようなことをして、逆叉さんは何度も俺で喘いで、絶頂に震えていた。
 逆叉さんの、男にしては細い腕や、肩や、項が俺は好きだった。
 死に損ないの骸骨のような、浮いた骨に齧りついて、噛み砕いて。
 滴る髄を吸い出せば、きっと、煙草のような苦い味がするのだろう。
 そう夢想しては、何度も歯型を付けて、いきり勃った。

 逆叉さんは乱暴に犯されるのが好きだった。
 傷跡を残して滅茶苦茶に身体を捻じ曲げても、何か文句を言うどころか、早々と勃たせて痙攣するのだった。汗ばみ、息も震えて鳥肌立っているのに、それが嫌だと言わんばかりな顔をして、眼を固く閉ざす。
 俺は、そんな逆叉さんをどうやって泣かせようかとばかり、楽しみで呼吸を速めるのだった。

 絶対に、逆叉さんは俺以外にも経験があると、俺は最初から気付いていた。
 射精するのは俺なのに、いつも犯されている気がした。
 精液で白く溶けて、どろどろになって、息を吐くのは逆叉さんなのに、それがみっともないだとか、はしたなくていやらしいだとか、そんな風に恥じ入るのは俺ばかりだった。

 嫌だと思った。
 逆叉さんの中に何度、精液を流し込んでも埋まらない気がした。
 こんなに、息ができない程に抱き締めても空っぽだと感じた。
 何度も逆叉さんも求めてもいつも足りない。空腹に追い付けないと怯えていた。

 愛していると言ってみたかった。
 愛していると返されたいと、密かに願っていた。

 一回り近く年上の男に恋をしていた。

 鷹司さんが消えて、事務所の仕事が増えた。ますます忙しそうな逆叉さんは、昼間も家に帰れないようで、俺はそんな逆叉さんを助けたくて、必死に働いた。
 馬鹿みたいに仕事をこなしていくと、慣れてきた。
 俺は馬鹿だったが、満更馬鹿でもなくて、こなせる仕事は増えて行った。
 働きたかった。
 逆叉さんを抱くこと以外に、考えることが欲しかった。
 隙あらば偲びくる欲望に、俺は抗うどころなか簡単に屈したけれど、それでも俺は懸命に働いた。
「あぁ、嫌だ。日本人みたいだ」
 純系日本人の逆叉さんは、同じく純系日本人の俺を面倒そうに罵った後、ご褒美みたく受けいれてくれた。

「親父と会食行ってくるから」
 事務所がそこそこの収益を安定して上げられるようになった頃、逆叉さんが言った。
「適当な時間で閉めとけ、後は任す」
 俺に指示を出しながら、一番上等の背広を羽織る。俺はどういう仕事か完全に把握できなかったが、それが結構大変で、重大な事態であるということは、逆叉さんの硬い表情から読めた。
 逆叉さんでも緊張するのか。少し嬉しくて、俺は頷いた。逆叉さんは若手の一人を運転手に命じて、日が暮れる前に事務所を出てった。
 俺は逆叉さんの代わりに事務所を取り仕切り、二三業務を片付けてから若手を帰して事務所を閉めた。
 俺は鍵を預かって家に帰った。
 逆叉さんは二度と事務所に帰ってこなかった。

 次の日の昼過ぎ、逆叉さんと運転手の若いのが死んだと、上から事務所に電話がきた。昨日やり残した自分の仕事と、逆叉さんの仕事の為に俺は早々に事務所に来ていた。
 殉職だと、警察でもないのに電話口の男の声が震えた。
 そうですか。ありがとうございます。お疲れ様でした。
 俺は、そう答えて電話を切った。
 遅れて若手が出勤してきたが、説明するのも面倒で、追い払うように家に帰した。
 逆叉さんが死んだからと言ってやることもなかった。鷹司さんが死んだ時と同様、葬儀をすることも知らせる相手もいない。本当はいるのかもしれないが、俺は知らないし、どんなに逆叉さんのデスクを探しても、何の形跡もなかった。
 逆叉さんが消えて初めて俺は、事務所に逆叉さんの私物も、メモも、写真も。逆叉さんがいた証になるものがないことに気付いた。

 上から何も指示がなかったから、俺は逆叉さんに言われた通り、次の日にはいつもみたく事務所を開けた。逆叉さんが来ないことを不思議がる者もいたが、俺はそれを無視して当然の顔をして逆叉さんのデスクに座った。
 仕事をこなし、割り振りし、当面やらなきゃいけないことを片付けていく。
 逆叉さんの隣に長くいて、手伝っていたからとりあえずは何をすればいいのかは分かっていた。
 だが、俺は相変わらず、その仕事がどういう結末を導くためものか、何もわからなかった。

 一週間くらい過ぎ、真夜中、事務所に八木という男が尋ねてきた。
 どう見ても堅気には見えない男を扱いあぐねていたから、八木は逆叉さんの古馴染みだと笑った。
 俺は八木をビルの屋上に通した。
 八木は、あの日、逆叉さんを看取ったのだと語った。
「昔の自分を見ているみてぇで、嫌だって言ってたよ」
 会長の護衛の車の中で、逆叉さんが困ったように言っていた。八木は眼帯の奥で目を細める。
 あの日、突然の襲撃の中で
「あの執念深い男が、嘘のように呆気なく」
 会長を庇うように背中を蜂の巣にしたらしい。
「苦しむ時間もなかったんじゃないかな」
 あの白い骨の背中に穴を開けて抱き締めた。
「よかったら、事務所は君が継げよ」
 八木はそう言って、潰れた煙草の箱を差し出した。
「遺品」
 血は。
 中から出た血は、白く濁ってませんでしたか。
 俺の精液に似た。

 長い話を終えて、八木を見送れば、いつしか空は白み始めていた。
 東京の低い空に雲は狭苦しく並べられ、雲の内側からゆっくり光が霞んでいく。
 夜が明ける。
 俺は疲れて、屋上のフェンスに寄り掛かり、眩しいばかりの朝焼けを見ていた。疲労した眼球に光が染みて痛い。目を何度か瞬きしながら貰った煙草を弄った。
 一本取り出し、咥える。
 前に吸ったのが思い出せないくらいに懐かしい。
 もどかしくライターをすれば、指先に熱を移しながら、煙草に火をつけた。
 苦いような、甘いような、舌の先が痺れるような感覚が広がる。
 胸いっぱいに煙を吸い込み、俺は吐き出した。
 俺は目を閉じて、朝日を眺めながら、
「今日も疲れたわ」
 と、口真似をした。

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end.

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