ラスト・オルカ
犬養×逆叉

 初めて逆叉さんを抱いたのは、仕事の帰りに、事務所に寄った時だった。
 俺は生まれてきて19年間、そこそこに喧嘩をしてきて、強いつもりだった。それなりに修羅場を潜って、やべこれ死ぬって思ったことは何回もあった。でも何回殴り合っても、本当に、殺されることも殺すこともないのだ。今だから言えることではあるが、餓鬼がじゃれ合ってるみたいな喧嘩しかやったことはなかった。
「ちょっとお使い行って来いよ」
 逆叉さんに言われて、取引があるという波止場に向かった。俺は何も考えていなかった。
「受け渡しを見ているだけでいいから」
 逆叉さんの言葉を額面通りに受け取って、俺は深夜、先輩の鷹司さんの運転係として、のこのこ着いて行った。
 黒い高級車を倉庫の前に停めて鷹司さんを降ろす。暫く待ってろと言われたので、俺は素直にハンドルに凭れていた。
 鷹司さんが残した、助手席の煙草の箱を見る。
 俺が煙草の匂いでも残していたら、逆叉さんは気付くだろうか。
 箱を指先で弄ぶだけでやめておいた。

 俺は随分待っていた。
 積荷を載せたトラックが目の前を横切り、ライトに目が眩んで眉を顰めた。
 俺はすっかり、気を許していた。
 だから、横切ったトラックが、鷹司のいる倉庫に、速度を上げて突っ込んで行くのを、映画か何かのように、バックミラーで眺めていた。

 地鳴り、耳を劈く爆発音で我に変える。
 倉庫が爆発した。積荷が何かも知らない俺でも、すぐに分かった。顔をあげた途端、窓ガラスを倉庫のパイプが突き破る。
 砕け散るガラスが、きらきらと燃えて輝く。倉庫は一瞬で壊滅し、俺は車の中で、身体を庇うように丸まっていた。

 一瞬だか、数時間だか。はっと意識を取り戻すと全身に走る痛みに呻く。全身を切り裂いた痛みに、悲鳴を上げかけて、俺は火の海にいるのに気付いた。
 爆発した倉庫は、隣接する倉庫に引火し、波止場全体を燃やし尽くそうとしている。目が焼けるような眩しさと、息苦しさ、暑さ。迫り来る火に怯え、俺はよろめきながらも車のドアを蹴り開けた。車から転げ落ちる。すぐに立ち上がり、走り出そうとして俺はふと振り返った。
 鷹司さんが。
 振り返りながら、何処か冷静にもう手遅れだと分かっていた。鷹司さんがいた倉庫はもう形が定かでないほど火に包まれている。助からない、そう理解していた。
 俺はちらと倉庫をみた。黒い化け物みたいな靄が倉庫を覆っていた。
 その中に、鷹司さんの影が見えた。
 見えるわけがない、そうとしか思えない。
 でも、赤々と蜷局を巻く炎の奥で、鷹司さんが助けを求めいている。
 さあと血が落ちる感覚が走った。悪寒に、俺は我を忘れ、必死になって走り出す。
 炎から遠ざかり、逃げ場を探し、煤と火傷だらけになりながら、俺は走り続けた。

 どうやって帰ったか思い出せないが、俺はビルを駆け上がり、事務所のドアの前で倒れた。
 コンクリートに身体を投げ出し、何処が痛いのかも分からない位、汗と興奮に塗れていた。
 ハッ ハッ ハッ
 畜生のような細切れの呼吸が、自分のものとも思えない。
「高塚はどうした?」
 頭上より、逆叉さんの声が落ちた。
 唯一の事務所の出入り口に倒れこんだ、俺を逆叉さんが眠そうに見下ろす。
 俺は唾を飲み込み、逆叉さんを凝視した。
 死にました。
 火の海で見た、黒い人影が頭から消えない。俺は先輩の姿も確認せずに、おいて行った。
 殺しました。
 どうしても言えず、俺は唇を震わせる。声が出ないで、乾いた喉は張り付き、獣のような荒い息を吐くのみだった。
 逆叉さんはしゃがみ込み、仰向けになった俺の顔を覗き込む。逆叉さんの目に、動揺も感情もなかった。全て分かっているとでも言いたげな、優しい穏やかな眼だった。
 逆叉さんの、白い節くれだった指が俺の頬を撫でる。ガラスに引き裂かれた頬が初めて鈍く痛んだ。痛い。俺はぞくりと泡肌たち、もっと触れて欲しいような、その指に噛みつきたいような、変な気分になる。
 俺の唇の傷を辿り、逆叉さんは言う。
「震えてんな。今日はもう帰れ」
 帰れない。そう、声が出れば初めて、逆叉さんに逆らうところだった。
「なんだよ、怖えのか」
 瞬きもできない俺を、逆叉さんは笑った。
「人が死ぬのを見んの、初めてか」
 頷く。逆叉さんは手を延ばし、俺を抱き寄せた。存外、細い骨張った身体が俺を抱き起こす。ふわりと逆叉さんから、甘い煙草の香りがした。徹夜をする時だけの、乾いた匂い。

 逆叉さんは引きずるように、俺を事務所の中に運んでくれた。
 重い血塗れの俺を、事務所の絨毯に転がす。俺は寝かされるままに、逆叉さんに縋り付いていた。
「ごめんな」
 逆叉さんが、呟いた。くしゃりと泣くように、笑って、俺に頬を歪めた。
 何も考えずに、奪い合うようにキスをした。
 冷えない恐怖と、不安と、興奮にがむしゃらになって逆叉さんに噛みつき、傷をつけた。

 俺は、女とセックスをしたこともなかった。
 だから、やり方も何も分からないまま、俺は身勝手に逆叉さんを押し倒して、欲望をねじ込んだ。
 痛いともいいとも言わないで、逆叉さんは俺を受け入れて、汗を掻いた。
 熟し切った果実の内側に、指を押し込むように、強引に俺は逆叉さんを壊し、犯した。
 逆叉さんの中に射精した瞬間、俺は身震いし、漸く安堵した。遠ざかる意識の中、逆叉さんの顔も見れずに、俺は逆叉さんの名前を呼ぼうとした。

 目が覚めたら、全部が夢の気がした。俺は包帯だらけで、事務所のソファーの上で覚醒した。窓の外は、もう太陽が暮れかかっているようだった。いつもの上座のデスクでは、逆叉さんがパソコンを睨んで成績に頭を抱えている。その首筋に、俺の歯型が、黒々と点を打っていた。
 つけっ放しのテレビが、早朝の港の火災について論じていた。不審火、怖いですね。気をつけて。額縁メガネのアナウンサーが真顔で言っていた。
「ぼさぼさしてねぇで、働け。」
 いつもの調子で、画面を睨んだまま、逆叉さんは俺をどやした。

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