dream on
八木×逆叉

 逆叉は痩せた男だった。平均より背丈は高い方だが、体重はそれに届いていないことが予想されるくらい、青白い肌は筋張っていた。身のこなしに無駄はないところを見ると、鍛えられてはいるようで、筋肉がない訳ではなく体脂肪がないのだろう。それは熊と揶揄される俺から見た姿であって、もしかしたら並なのかもしれないが。
 ちゃんと生きているかといつも不安になる。蒸して茹だる部屋の中で、逆叉の白い襟元が白く浮きだって見えた。
 熱い。籠った空気はむしむしと、項に熱を集める。吹きぬける宵風に汗の匂いがして、俺は汗ばんでいるのだと遅れて知った。
 逆叉は遠慮もなく、革のソファに腰かける。熱がる様子もない。白い肌は赤みなんてほど遠く、涼しげにすら見えた。
 触れたら冷たいのだろうか.
 持たげた逆叉の白い指が、その白い首筋を辿る。滑らした指は、シャツの合わせに届き、するりと首を固めていたネクタイを解いた。隆起した喉と、骨の目立つ折れそうな首元が露になる。
「おい」
 逆叉の声にはっとして、俺は我に返った。慌て視線を上げた俺を見返して、逆叉は笑みを作る。何も言わない、張りつく笑みに俺は顔を逸らした。

 空調が静かに唸り、俺はたどたどしく窓を閉める。カーテンを引いて夕陽を閉ざす。街を見下ろす茜色の夕焼けを自慢するのを忘れていた。
 ぎしとソファが軋む音がする。ゆっくりと人工風が部屋を冷やす中、逆叉が立ちあがったのが分かった。振り返れば、こちらに歩み寄る彼の姿が見える。
 一歩、二歩。距離が削られていった。近い。射程距離の中に入る。
 同期だとか、友人だとか。そういう名目に合った距離を簡単に越える。
 踏み込まれる。
「喉乾いた」
 息のかかりそうなほど近く、顔を寄せて逆叉はきっぱりと言った。常の、何も考えていないような読めぬ顔で、何でもないように言い切る。近い。首を伸ばせば、身動き一つでキスできると頭のどこかで思った。
 俺は手を伸ばし、逆叉の肩に置く。ブランドスーツの肌ざわりのよい肩を掴むとぐいと押しやり、遠ざける。
「今、用意する」
 俺は肩を叩いて、すっと身を滑らせ逃げようとした。そのまま台所へと顔を向ける。確か冷蔵庫にハイネケンとミネラルウォーターが冷えていたはずだ。手の中には逆叉の肩の、思っていたより骨っぽい感触が残っていて、思わず指の腹を擦り合わせた。

 腕に何か絡んだと思ったら足を払われる。俺は反射で振り返り、もう片足を踏み直した。体勢を崩し、よろめくその一瞬で腕を引かれ、俺は踏み止まることもできない。ただ、掴まれたその腕を振り払おうとした。
 食い込んだ白い指は袖のボタンを引き裂く。
 揉み合い、腕は交錯する。
 瞬間、確かに向かい合ったのは殺意だった。
 罵る間もなく背中から倒れていく。
 ひどく不格好に崩れ、俺はフローリングの床に転んだ。しりもちをつき、後頭部を思い切り座卓の角にぶつける。
 絡み合って逆叉も転ぶ。膝から崩れて床に打っていた。倒れ込んだ勢いを上手く殺せず、額を俺の顎にぶつけた。舌の奥を僅か噛んだ。痺れるように血の味がした。
 二重苦。強かに打ちつけた項と顎の痛みに、俺は声も出せず頭を手で庇い、呻く。どちらを先に嘆くべきか分からず、俺は息を詰まらせたまま天を仰いだ。
 もうどうにでもしてくれ。

 同じく、俺に馬乗りになったまま逆叉も額を押さえて沈黙していた。三十過ぎて大人になって、肉体的苦痛というのは目が覚める思いである。つまり、いい年して何やってるんだろうと、情けなくすら思えた。
 一分は痛みをこらえることに集中して、それも薄れてきたころに、俺は首を座卓に乗せて俯く逆叉に話しかけた。体重をかけていないので重い訳ではないが、腹の上に跨れているのは息が苦しい。
「…痛い」
「…抵抗するとは思わなかった」
「何がしたいんだよ、ったく」
 ぽつりと悔恨滲ませて返す逆叉に俺は問い募る。逆叉は返事をせずに顔をゆっくりと上げた。俺の胸に置いていた手を持ち上げる。
 俺の顎に指が伸びる。逆叉の俺より体温が一度は低い指が触れる。不本意にも、脊髄が震えて瞬間、体が強張った。不精鬚の顎を撫でまじまじと俺を見下ろし、呟いた。
「赤くなってる」
「おかげさまで」
 低く俺はぼやく。言葉を発する度に上下する短い鬚が、刺さる度に指をくすぐったがり、逆叉は笑った。浅い皮膚を裂いたような笑みだった。そういう逆叉の額も僅かに赤らんでいる。白い肌だからそれは余計に目に付いた。黒い髪の合間、目隠しをするように薄皮の奥が痛んでいる。
 無意識としか言い訳ができない。俺は顎に触れ、唇を撫でる逆叉の親指を咥えた。浅く、歯を立てる。
 逆叉は背を丸めると、俺の鼻頭を啄むようにキスをした。
 目の前に寄る血色の悪い喉が目に留まると、俺は咥えた指から口を伸ばしそこに口を寄せた。床に転がっていた手を、逆叉の腰から背中に滑らせ寄せる。浮いた骨に口づける。
 皮膚はやはり冷えていたが、微かに塩気が感じられた。自分の血の味でなければ、多分、逆叉も汗を掻いている。
 首にかかる吐息に、弱いのか逆叉は身震いし、短く息を飲む。

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