dream on
八木×逆叉

 休日を前にした商店街はいつもの夕方よりも人が少ない。
 花金、という言葉が既に死滅していたとしても、日本経済にはまだ外食をする余裕くらいあるのだろう。店々を越えてますます駅から離れ、足は住宅街へと向く。神社を中心に、曲がりくねる家の流れの間をゆくように、道は次第に細くなっていった。
 そう差がつく前に、逆叉は追い付き隣に並んだ。
 早足でも大股でもないのに、自然と相手との距離を詰めることが上手い男だった。逆叉曰く、俺は人に追い付かれるのが好きな男らしいのだが自覚はなかった。とくに待っている訳でないが、置いていった者を意識してしまうのは確かである。
 それが付け入られる隙になるのだと、頬のこけた男はそいつも小馬鹿にして笑う。

 出会って十三年。入社して以来ずっと肩を並べていた気がする。
 同時期に事務所を持ったものだから、周りからライバルだなんだと囃したてられたが、とりわけ仲違いしたこともない。そりゃあシマが被り仕事の奪い合いになったこともあったが、持ちつ持たれずで上手く痛み分けてきたと思う。足の引っ張り合いになったこともあったが、それも後腐れのないものだ。
 仕事に関しては信頼しているし、相手が詰まった時は迷惑でないくらいに、こっそり助けてやってもいいと思う。
 気が特に合う訳でも特別親しい訳でもないが、休日を過ごすには都合がよかった。自分の事務所の連中でもいいだろうが、毎日それでも味気ないし、かと言って下手な相手を誘い勘繰られるのも、痛くもない腹が疼く。
 仕事が半分、プライベートが半分。良好な関係のために、言わずとも先刻承知で時折、顔を合わせては、酒でも飲むかと話は進む。
 家がいいと言いだしたのは、逆叉だった。
 大した料理は用意できないと断ってはみたが、そんなの何でもいいだろと返された。こいつは酒飲みなのだから、飯の類に興味はなく、要は安酒を気を使わずに大量に飲みたいのだろう。遠慮なく飲み潰れるには、自宅以上の場所はなかった。理解できる。理解は。
 特別、家に呼んで不快に思う理由もない。

 寧ろ気持ちのいい奴だと思う。
 逆叉の歩き方が嫌いじゃなかった。大股でも小股でもなく、不自然でない程度の歩幅も、歩く速度も、猫背でポケットに手を入れる癖も。足を引きずるふざけた歩き方なのだが妙に柔らかく、肩を切る風に細い黒髪の襟足が浮いた。形容しがたい逆叉を取り囲む空気の軽さとほの暗さが、俺にはないものであるのに何故か居心地がよい。違う出会い方をしていたら、友人になりたいと思ったかもしれない。
 肩越しにちらと逆叉を見たら、片手に小さな球体が握られていた。
「…買って来たのか」
「はは」
「何が嬉しいんだか」
「俺は八木の困った顔が好きなんだよ」
 そう言って逆叉は屈託なく笑った。こいつの笑顔には湿ったところがない。含むものがないわけではなく、ひたすらに乾いているのだった。笑ったからどうだとか、感傷を含ますことなく、ただ記号のように笑う。滅多にないその笑顔は、俺を窮するに十分だった。返す言葉もなく横顔を見下ろす。
 手の中のカプセルを、かちゃかちゃと忙しなく指が弄んでいた。


 駅から徒歩10分。スーパーまで約20分。立地条件は今一つであるが閑静な自宅へとたどり着く。築浅であることと一度エントランスを潜ったら殆ど住人に合わないことが気に入って購入したマンションだった。そこまで広いということはないが一等地において、まずまずの値段である。
 ガラス張りのエントランスにて、部屋番号を入力し大理石のロビーを抜ける。エレベーターに乗って5階、つきあたりの角部屋へと、逆叉に先んじて歩いていく。逆叉は周りを窺うでもなくついてきた。初めて来たはずであるが、変に落ち着いたものである。
 住人不在の初夏の夕暮れ、密室は熱せられていた。ドアを開くなり頬を撫でる蒸し暑さに、俺は顔を歪め中へと入った。逆叉がそれに続く。後ろ手でドアが閉まる音がした。
 まっすぐに居間へと向かい、エアコンのリモコンを入れる。そのままベランダの大窓へと足を進めると、薄くレースを引いた後に鍵を開けた。
「エアコン、入るまで窓開けるか」
 俺は説明じみた言葉を吐いて窓を開ける。逆叉が背中で鼻を鳴らすだけで返事をした。居間の座卓にて買い物袋を投げ出す。逆叉はソファ脇にて部屋を見回していた。

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