dream on
八木×逆叉

 遊びでセックスをする奴の気がしれないと、俺は何度だって逆叉に言っていた。逆叉は気のない返事だったり、つまらなそうな鼻歌だったりで、賛同こそ得られなかったものの、何らかのレスポンスを返していた。つまり、聞いていないということはないはずなのだった。
 だが、逆叉ときたら、俺の言葉をいつだって掻い潜り、俺に触れたがる。

 商売女の類を寄せ付けないという訳でもない。
 好むか好まないかと言ったら、俺を始め遍く男がそうであるように好色であるし、枯れ果てている訳でもない。男やもめ、馴染みの女くらい二三繋いでいるのを日常としており、体の関係に嫌悪するほど綺麗な身でもない。惰性で関係した者もいない訳でもないのだ。
 知った顔でセックスをして、また何事もなかったかのように離れて、仲間内の一人に戻る。その経緯を俺は酷く苦手としているだけだ。
 初めての女というのが原因かもしれない。
 学生時代、仲の良かった女とセックスをした。学生期というのはどうしてあんなにも貪欲だったのだろう、機会さえあれば女の体を夢想していた。だから、空き教室で二人きりになるというシチュエーションは、恐ろしく運のいい出来事であった。
 特に好いていたという訳でもないが、気に入らないという顔でもなく。可もなく不可もない女は、可もなく不可もない態度で俺を受け入れた。セックスを終えて乱れた衣服を抱き寄せる。俺は当然と思って女に付き合おうかと言った。
 真面目だねぇ。
 女は目を丸めた後、馬鹿にしたように微笑んだ。
 多分女も、俺のことを好きでも嫌いでもなかった。それだけの、可もなく不可もない返事だった。
 その次の日も会わないということもなく、仲間内では何かあった訳でもないから態度を変えることもできず、俺はまんじりとせずその女の顔から眼を逸らし暮らした。かと言って一度味を占めてしまうと我慢も行かず、性欲が高まったときだけ女を訪ねた。その逆もあった。
 セックスをしているのは自分のくせに、ああ、苦手だと俺は何度も思った。


 レジを済ませて店を出ると、店の前で待っているという逆叉を捜した。
 買い物かごに目に付いた商品を入れるのは好きな癖に、会計など待つ作業は酷く嫌いだという。自分のものくらい自分で買え、とは思うがそうどやしつけるのも些か億劫だった。混雑するレジを嫌い、外に出てるというだけ偉いと思うべきなのか。
 偉いという歳でもないが。
 夕暮れの足音のする商店街はばらばらと人影が散る。
 昼間はシャッター街、という程でもないが閑散としているが、夕飯時にはそれなりの売上があるらしい。薄汚れたショーケースの肉屋からは、揚げ物の匂いが漂っていた。スーパーマーケットの前には買い物客の自転車がバリケードを作り、通りに出るまで少し苦労した。
 スーパーの前には自転車と、無数の自販機が並んでいる。その隣に、二つ、もう長く遊ばれていないのであろう、ほぼ空状態のガチャポンがあった。中身の広告を張られていたはずだが、綺麗に剥ぎとられているために二色の球体の中身は分からない。そんな状態ではさすがに子供でも興味を示さないのだろうか。自販機の影に隠れてうっすらと埃をかぶっている。
 そのガチャポンの前で、逆叉は屈み、熱心に中身を覗いていた。
 はっきり言って異様な光景だった。
 夕暮れのスーパーにだって会社帰りのサラリーマンは来るだろうし、暇を持て余した買い物待ちの大人が気まぐれにガチャポンを眺めることもあるだろう。
 だが、いずれの可能性を考慮しても異様だと言わずにはいれなかった。黒い細身のブランドスーツも、丸めた痩せた背中も、鋭すぎる目付も、暖かな食卓に通じるものとはかけ離れている。
「逆叉」
 たっぷり迷った挙句、俺はその背後に立ち、声をかけた。逆叉は顔も上げず、振り返りもしない。ただ熱心にそのガチャポンを見つめている。俺は思わず訊ねる。
「欲しいのか」
「欲しい」
 即答。きっぱりと言い切る逆叉に苦々しくため息をついた。
「ガキか」
「欲しい」
「ゴミが増えるだけだ」
 俺は言い切り返し、手に食い込むビニール袋を持ち直した。二人分の総菜と六缶パックのビール。あとは逆叉が物珍しさに手を取って、結局俺が消化するのだろう無数の駄菓子。さほど重いとも感じていなかったが、押し問答にじわじわと疲労する。
「なぁ、八木」
 漸く振り返り、逆叉は至極真剣な顔をして、ガチャポンを指して言った。
「可能性という名前をつけよう。」
  三十路を越えた男の言葉である。
「バカか」
 吐き捨てて俺は逆叉を置いて歩き出した。

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