「春野ー帰ろうぜぃ!」

丸井とは部室での光景を見られたにも関わらず、特に気まずい雰囲気になることなく、いつも通り会話をしたり笑いあったりしていた。

「ごめん、やることあるから先帰ってて良いよ!」

チラッと丸井の後ろには仁王が見える。
途中まで一緒に帰ることになるのだろうか。そう思うとそれは他に誰がいようと気まずいと思ってしまう。例え向こうは平気でも私には平気なわけがないのだ。ただでさえ免疫のない私で、さらに相手が仁王ときたら良い意味でトラウマだ。

あの後、部活に戻った後でも仁王とは一切話しは愚か目すらも合わせていない。反射的に避けてしまったのだ。だから余計に気まずく、とてもじゃないが一緒になんて帰れない。
特にやることもないのだが、既に綺麗に片付けられている部室をまた軽く掃除して帰った。
今日1日、いや、マネージャーを頼まれた日から今まで私が送ってきた生活では考えられないことがたくさん起こっている。テニス部と話す日がくるなんて思いもしていなかったのだから。
私はここ最近のことを思い返しながら帰り道で通る公園で久々に乗ったブランコをゆるく漕いでいた。

「そういえば、仁王のサーブ、あれからボールを追わざるを得なくなったんだよね…」

私がテニスを知らないと言ったがために幸村くん組んでくれた仁王と柳生くんの試合。今思ってもあの二人は本当に凄かった。全くの素人で何も知らない私が思わず見惚れてしまったのだ。
周りに誰にもいないと思っていた私はそれを声に出していたのだが…

「それは良かったのう」

どこからともなくイントネーションの違う声が耳に届いた。え、と周りを見渡すと後ろのベンチに仁王の姿がある。立ち上がるとゆっくりとブランコの方へと近付いてきた。

「そんな風に思ってくれたんなら、やって良かったのう」

優しく笑う彼は私が一目惚れしたときの、あの時と同じ、心を全て持っていかれそうな笑顔だった。

「なんで此処に…」

「たまたま通りかかったら、お前さんがいたんじゃ」

「え、でも家に帰ったんじゃ…」

「だから、ここは帰り道」

「そう、なんだ…」

ドキドキと高鳴る心臓がうるさくて、さっきまで避けていたこともあって、仁王の顔を直視出来ない。私は合いそうになった目をさもあからさまに逸らして斜め下を向いた。

「なんで俺のこと無視しとんの?」

「え、」

「部室を飛び出して行った後ずっと避けてたじゃろ」

「そ、それは…」

全てを見透かされていたことに、カーと顔が熱くなる。恥ずかしい。あんなこともしかしたら仁王にとっては日常的なことかもしれないのに、動揺してそれが態度にまで出続けてしまった自分がひどく恥ずかしい。
どう言ったら仁王は納得してくれるのか、なんて言ったら面倒な子と思われないのか、必死に言葉を探していると…

「俺のこと嫌いなんか?」

予想打にもしなかった言葉が聞こえた。

「あんなに避けられたらさすがに傷付く」

仁王はボソリと低い声でそう呟くと私の腕を掴み、自分の方に無理矢理向かせる。

「ちゃんと顔見んしゃい」

「っ…」

私の顔は当然ながら真っ赤で、顔を伏せるほかならなかった。

「…春野がそんなだと俺期待するぜよ」

「な、にを…?」

「春野が、俺のこと好きじゃないかって」

「…………」

「で、でも仁王はそんなの何とも思わないでしょ!」

図星をさされ、否定も肯定もできない。ただただ強がりで余裕そうに構える仁王を見つめる。

「そんなわけなか、好きな女に好かれて嬉しくない男がどこにおる」

「……え………?」

どくん、どくん、と心臓は脈を打つ。
仁王は今、好きな女と言ったように聞こえた。これが間違いでなければ、私の勝手な解釈でなければ、これが幻聴でも夢でもなければ、仁王の、彼の好きな人が…私。
持っていたバックが手から滑り落ちる。がくん、と全身の力が抜けさっきまで座っていたブランコに全体重を任せた。

「そんな反応されたらイエスとしか受け止められんよ」

「いや、じ、冗談、止めて、よ…」

仁王が私のことを好きなんてあり得ないじゃない。

「何て思ってくれても構わんが、俺はこういう時に嘘はつかん。それは分かって欲しい」

そう言うと私の腕を掴んでいた手を放し、スタスタと公園から出ていった。そして私が学校から来た道を辿る。
帰り道なんて嘘、逆方向じゃない。
仁王がさっきまで掴んでいた腕をそっと押さえると熱く、熱を帯びているように感じた。


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