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ごめん今日休みで。

出勤早々心底申し訳なさそうに店長は言った。
何でもシフトを間違えたらしく、私が出勤してしまうと人件費的にどうも厳しいらしい。バイト歴、それと削られることによる生活に支障が出るかの有無を考えて私という判断に至ったのだろう。何せこのコンビニのアルバイトにはパートさん然りフリーターさんと言った生活を支える人が多い。
ところが私は学生であり、実家通いのため小遣い稼ぎのためのバイトな上、削られたところで支障は大してない。強いて言うなら来月のお小遣い(と言う名の稼ぎ)が少なくなる程度で、大きな支障はないのだ。
特に異を唱えるでも無く、了承したら店長は益々申し訳ない顔をした。少しは不満な顔をした方がマシだったのか。奢るから好きなもの持っておいで、と言うくらいであった。
そんなに気にもしてないが、与えられた物は容赦無く貰う主義なので、レジ前の棚に並ぶ季節のオススメ品から食べてみたいと思っていた新発売のお菓子を二、三個掴むと店長の待つレジへと向かった。
最後の最後まで謝り倒す店長に、こんなハタチそこそこの小娘に謝る30代後半の所謂おじさんが可哀想に思えて、反対に私が謝ってしまった。何も悪くないのに、悪いとすれば年齢だろうか。なんて、これまた佐藤さんに言ったら、これだから若い子はなんて言われて一蹴されるだろう。
珍しく日が昇っている時間に働いてる田中さんにお疲れ様です、と頭を下げて店を出た。田中さんは眠そうに欠伸をすると、涙が滲んだ目を摩りながら、お疲れと笑ってくれた。
急に暇になってしまって、何をしようか。コンビニの自動ドアを通り抜けて直ぐさまビニール袋からガサガサと買ってもらったお菓子を取り出して袋を開ける。
お菓子を口に運びながら少し歩いていると、前方には見知った彼がいた。

「最近よく会うね」

私から歩み寄って声をかけると、彼は驚いたように立ち止まって目を合わせた。ここ最近バイト終わりに道端で会うことが多い、日吉くんである。

「今日は早いですね」

いつもはもっと遅い時間に会っていた。今日はバイト無かったんだ、と伝えると可もなく不可もない頷きで返された。しかしバイトが終わる時間に会っていた彼も随分と早いと思う。
声に出す前に彼は私に言った。

「俺も今日は部活なかったんです」

そっか、と軽く答えると暫く沈黙が続いた。
思えば彼はよく話す方ではない。たまに吐き出したい時に愚痴を吐き出す他は、自分の興味のない事柄には口を出さない。道ですれ違っても止まって立ち話、とまでは至らなく、一言二言交わすだけだった。
今日もそんな調子かな、と思いながらそろそろ沈黙に耐え兼ね、何か言おうと口を開けばそれよりも早く日吉は言った。

「この後時間、ありますか?」

それは意外にも素敵なお誘いだった。
二人で横並びに住宅街を少し歩き、この近辺では比較的広い公園にやってきた。日中は近所の主婦がママ友と会話に花を咲かせ、子供達が無邪気に遊ぶ光景が見られるのだが、もうすぐ夕暮れ時の時間だろうか、人は殆どいないに等しかった。
公園までの道のりの間、ポツリポツリと会話を交わしていて分かったことは、彼は案外色々なことを話す子だということだ。
私が年上であるが故に少し遠慮はあるが、物言いはハッキリとしていてバイト先で年上とばかり接してきて、最近あの子達と仲良くなって歳下の男の子と話す機会が増えたとは言え、普段あまり関わることのない私にとってはとても楽に感じた。
日吉くんを含め、彼らには気を遣わなくて良いと私は思っている。

「意外だったな」

公園のベンチに腰掛けると私はさっき思ったことを切り出した。
彼は困ったような顔するとまあ、と小さく言った。
キャラの濃い彼らに埋もれてはしまっているが、日吉くんも中々濃い一面を持っているらしい。家が道場であることや、テニスで跡部くんを越えるのが目標であること、好きな本のタイトルまで様々なことを話してくれた。
これは遠回しに懐かれたと思っていいのかな、お姉さん嬉しい、なんて柄にもないことを思いながら何を聞いても微笑んで返していた。

「優しいですよね、佳菜子さんって」

不意に目を見られてそんなことを言われた。不覚にもときめいてしまう。

「何でまた急に…」

「いえ、俺だったら面倒だなって思ったんです。芥川さんとか向日さんとか」

とか、にはきっと自分も入っているんだろう。
そこで改めて考える。確かに最初は面倒、と思うことも少なからずあって、また来たのかなんて思ったこともしばしば。
それでもいつの間にか私の生活に入り込んでしまった彼らは、お客さん以上友達以下のようなよく分からない関係性が成り立っている。そう思いながら戸惑う表情を見せる彼に何て言ったら良いかな、と考えていると日吉くんはでも、と続けた。

「俺らにとって佳菜子さんは必要なんだと思います。跡部さんとかよく気にかけていますし」

その言葉はきっと自分のことでもあるんだろうと思うのは自意識過剰だろうか。何だか今日の日吉くんは何時ものような皮肉な言葉というよりかは、本音がだだ漏れで、もしかしたら何かあったのかもしれないと感じてしまう。
私の立ち位置は丁度良い。近すぎず遠すぎず、少しくらい知りすぎても何も問題はない。それでも彼らよりは少しは長く生きていて、そして長く生きている人より彼らと波長の合う歳でいる。
それはまた、私にも同じことが言えるのかもしれない。
木々の間を風が通り抜けるとさわさわ、と音が鳴った。人気の無かった公園の前を、犬の散歩をする人がちらほらと通り抜ける。あの柴犬可愛い、と頭の片隅に思いながらやっと見つけた回答を言った。

「私、後輩っていなかったから嬉しいのかもしれない」

現在大学で無所属な私はめっきりと後輩と接する機会が少なくなっている。そんな中、一度に数人、それも男子高校生が後輩のような存在になるなんて思いもしていなかった。
歳下から慕われている環境(と勝手に思っているが、強ち間違っていない。思い込みではないと思う)というのは有難いと感じている。
そう、彼らの誘いに嫌々行きながらもハッキリと断ることが出来ないのは、何だかんだ彼らと一緒にいるのが楽しいと思っているから。

「不思議な、人ですね」

ポソ、と誰に向けられたでもない彼の呟きを聞きながら、彼との偶然をくれた店長に少しだけ感謝した。

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