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春夏秋冬――季節は巡り、人も巡る。四季は必ずやってくる。また此処で俺らは出会い、そして別れる。そんな出会いは始まりを、別れは終わりを告げるのか。それとも……。

さて、話は四月に遡る。今から丁度三年前。あの日も今日と同じく、綺麗に咲き誇る桜の花びらがヒラヒラと舞い、散り落ちていた。
そんな中、俺はとんでもない奴に出会ってしまったのだ。



「俺様の美技に酔いな」


氷帝学園中等部、入学式。イギリスから日本に戻った俺は、壇上に上がり全ての人を魅了する。誰が聞いても素晴らしいと思うに違いない挨拶で締め括り、そしてこれをもって式は幕を閉じた。
会場からはどよめいた声と黄色い叫び声、当然の反応だろう。
入学式のこの挨拶は今日から俺がこの学園の頂点に立つことを意味するのだから。
些か高まった感情を胸に抱き、威風堂々たる姿で体育館から教室への道程を歩き始めること数歩。角を曲がれば鈍い音と共に前方から強い衝撃を感じた。


「いっ…た」

「っ……、てめ」

「ちょっと!ちゃんと前見て歩いてよね!」

「あーん?それはこっちの台詞だ!」

「私は走ってたから仕方ないじゃない!」


ぶつかってきたにも関わらず、やけに威勢の良いこの女は制服に付いた埃を払って俺を鋭い目で見ながら立ち上がる。
まだ皺がついてない真新しい制服であるところを見ると一年生だろう。早くも着崩しているようだが。
大体、今言ったことは理屈がおかしい。走ってんなら自分で前を見ろ。相手が避けてくれるなんて都合が良すぎる。世の中そんな甘くねえんだ。


「とにかく謝りな」

「何でよ、ぶつかったのはあんたがボーと歩いてたせいじゃない」

「俺様を誰だと思ってやがんだ!」

「誰よ」


そう即答した女の目は真剣そのもので、照れ隠しからわざと言ってるわけではないと言うことが分かった。
と言うことは本当にこいつは俺を知らないのか?ついさっきまで舞台に立っていたんだ。知らないはずがない。


「さっきまで俺様が素晴らしいスピーチをしてやってただろ」

「スピーチ?何の話?それより職員室知らない?ここ広いから迷っちゃって」

「ああ、それならそこを右に曲がって真っ直ぐだ」

「そっか、ありがとう!」

「…おい!本当に俺様を知らねえのか!」

「知らないよ。何様だか知らないけど、その自意識過剰はやめた方が良いよ!」


それだけ言うと女は俺が示した職員室への道を走って行った。
威勢の良さといい、何よりあれだけ盛大にスピーチをした俺を知らないなんざ変わってる。
名前も知らない女にもう一度会いたい、と思ってしまった俺は何処か可笑しかったのかもしれねえ。
これもまた、新境地での気まぐれか。この時は自分の頭が可笑しくて、笑っていた。






「あ、」

「あーん?」


教室に着いて担任の長い自己紹介が終わり、出席番号の席順は何だか詰まらないからといきなり席替えとなった。
俺は窓側の一番後ろと、誰もが臨む席となる。隣は空席で、担任の説明だと入学式に遅刻したらしい。入学早々遅刻だなんて、人として何か足りない奴なんじゃないだろうか。

そんなことを思いながら窓の外を眺めていると、ガラリと勢いよく教室のドアが開く。
担任のため息と生徒のざわめき声によって、そいつの声は聞き取れなかったがどうせ隣なんだ、直ぐに見れる。

さぞ間抜けな奴かふざけた奴なんだろうと思って窓から視線を移すと、そこにはさっき会った威勢の良い女がいた。


「あんたさっきの……自意識過剰」

「ちげえよ」


相変わらず口から出る台詞は嫌味たらしい。だけど、まさか同じクラスだったとは少なからず驚いている。


「あんたが隣かあ、何かなあ…」

「あーん、俺様が嫌だってのか」

「うん、凄く」


あっさり何の躊躇いもなく言ったその言葉に、思わず出す言葉を無くしてしまった。
たいていの奴は俺とクラスが同じと言うだけでも叫んでいたはずだ。現に、このクラスの女は今もまだチラチラと視線を向けてくる。
そして更に俺様と席が隣、これはかなり嬉しいことなんじゃないのか。


「その自分を様付けするのと自意識過剰な発言やめた方が良いって。なんか可哀想」

「俺は入学式に遅刻するお前の頭の方が可哀想だと思うがな」


入学式に遅刻、こんな奴がいるなんて思っても見なかった。
まあ入学式に来なかったのだから、俺を知らないのは仕方ないとしてやる。だけどこの発言は許せねえ。


「入学式なんて出ても意味ないじゃん。どうせ生徒代表の無意味な挨拶とかなんだし」

「ほう…」

「代表で挨拶するなんてただの目立ちたがり屋でしょ?顔が見てみたいわ!」

「…ここに居るじゃねえか」

「え、このクラスの人なの?」

「俺様だ」

「…………うん、何でもない」


気まずそうにサッと視線を直ぐに反らすと鞄の中をぐちゃぐちゃと荒らし始めた。
何か探しているんだろうが、その姿は明らかに荒らすと言う方が合っている。


「あ、あった!」

「…なんだよ」


いきなり叫び出したと思えば俺の前にさしだされる手。
それも何か握っているようだ。


「これ、あげる。」

「あーん?」


手のひらをゆっくり開き、今まで掴んでいた物が見えてくる。
小さいビニールに入った飴だった。


「これでも食べて頑張ると良いよ!」

「お前ふざけてんのか!」

「なっ…酷い。せっかくあげたのに!」

「何があげただ、こんなのいらねえよ」

「オレンジが嫌ならピーチも…」

「そう言う問題じゃねえよ!」


別に普通の飴なら貰って悪い気はしない。普通の飴なら、だ。
だがこいつが渡してきたのには、「ナルシスト飴」と書いてある。こんなの貰って喜ぶ奴が何処にいるんだ。そしてこんなものが売っていることにも驚きだ。


「あーもう我が儘な。仕方ない、こっちをやろう!」

「だから要らねえ」

「遠慮しなくてい」

「天井に跡部!いい加減に話すのやめろ」

「あーん?天井…?」

「あ、私。天井玲奈って言うの。まあ宜しく俺様ナルシー」

「跡部景吾だ!」


この言葉で変な女…天井との会話は終了した。
担任が痺れを切らして怒声を浴びせてきたのと、天井が机にうつ伏して寝始めたから。
横目で盗み見れば数分としないうちに寝息をたてて寝ていた。

変な女、それは実際に話してさらに強まる印象。
…仕方ねえから貰った飴は後で食うか。
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