22

久しぶりに入った彩華の部屋はシンプルを通り越してもはや殺風景で、とても女子の部屋ではなかったが、昔から俺はそれが気に入っていた。他の女子と違ってサバサバとして時には男なんじゃね?と思うような思考を持っていて。
幼なじみだから、生まれた時から一緒にいるからそう思うのではなく、彩華は誰にだって態度を変えない。怠け者で、自分が楽することを第一に考えるやつで、そんなやつだからわざわざ立海から出て、神奈川から出て東京に行くなんて夢にも思ってなかった。

「急に来て何を……」

「今日幸村くんから聞いた。お前外部の高校受けんだろ?」

冗談を言うような雰囲気ではないと悟ったのか、溜め息をつくといつになく真剣な面持ちで「そうよ」と一言だけ言った。

「なんで」

「まだ決まってないんだけど、引っ越すかもしれないの、うち」

「え?」

「ブン太はとっくに知ってると思ってたんだけど…まあいいや」

父親が本社勤めになるかもしれないから、母親が東京好きだから、とか。佐藤家の事情を説明されながらも俺は何一つ頭に入ってこなかった。
それよりも外部受験よりも引っ越すことのが衝撃的だったのだ。この家から、俺んちの隣からいなくなる衝撃が強かった。

「だから高校も東京のに…ってブン太聞いてるの?」

「あ、ああ…」

「そういうわけで、急なもんだから勉強しなきゃいけなくて毎日徹夜なの、眠いの」

欠伸を咬み殺す。休んだのは風邪ではなく、睡眠不足らしい。結局は仮病かよ、と普段なら突っ込むところだが今回は違う。もっと突っ込むべきところが他にある。

「決まってんのか?」

「ん?」

「おじさんの、転勤」

「八割方ね。出世みたいなものだから乗り気で乗り気で」

ケラケラ笑ってそう話す彩華は引っ越すことなんて造作もないことのようだった。立海から、この町から、俺の隣から、いなくなることは彩華にとっては何でもないことなのだと思い知らされる。
俺があんなに苛立っても、意識しても彩華にとっては何で?と疑問にしか思わないだろう。周りに関心のないこいつは、俺にすらも関心がなかったのかもしれない。ただ隣にいたのが俺だった、それだけだったのかもしれない。

「何暗い顔してんの?ははーん。もしかして私がいなくなるのが寂しいんでしょー?」

ニヤニヤといつものようにふざけて言ってくる彩華に俺はいつものようには返さない。

「そうだよ、わりーかよっ!」

「えっ……」

面食らった彩華にさらに続ける。

「あんだけ俺に迷惑かけといて、あんだけ振り回しといて、引っ越しますはいそうですかって受け止められるわけねーだろ!」

ずっとずっと彩華が幼なじみなことに、いつだって隣で我儘言い放題なことに嫌気しかなかった。
それでも本気で嫌なら振り解けたそれを振りほどこうとしなかったのは俺で、文句を言いながらも怒鳴りながらも隣に居続けたのは俺だ。
それは家が隣だから、家族ぐるみで仲が良いからだけじゃないことは薄々気づいていた。気づいて気づかないふりして心の奥底に置いてたんだ。

「なんでお前そんなにあっさりしてんだよ!東京だぞ?神奈川から出るんだぞ?もう俺らと一緒にいねーんだぞ!」

仁王に言われて、他人から引っ張り出されてやっと素直に受け止められたんだ。俺は彩華といる空間が一番居心地が良いってことを。

「そ、んなこと」

俺の勢いに負かされたかと思えばそうではなかった。一回俯いた彩華はぎゅっと拳を強く握ると、顔を上げて叫んだ。

「分かってるよ!嫌だよ私だって!誰も知らない所に引っ越すなんてやだよ…っ」

目には大粒の涙を溜めて、嗚咽混じりにそう叫んだ。

「彩華……」

「でも仕方ないじゃない、どうしようもないことなの…!」

つ、と涙が伝う。彩華の泣き顔なんて滅多にどころか最近は嘘泣きしか見てなかったから、小さい頃転んで怪我した時以来。
あっさりなんてしてなかった、そう見せてるだけだった。強がって、笑って誤魔化していただけだったんだ。

「私だって、私だって、このままみんなと一緒の立海がいいよ……」

何もできない自分に子供の無力さに、泣き続ける彩華にかける言葉なんて何も見つからない。ただその場に突っ立っているだけで何も出来ない。
佐藤のおばさんから声がかかるまで俺は彩華の部屋から出て行くことも、彩華の涙を止めてやることも何も出来なかった。



隣のあいつ


「泣いたの忘れて」
「……彩華」
「忘れて、もうこの話しないで」


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