15

はっきり言えば、俺は悪くない。
難関門と言う名の幸村くんを突破した俺は学校の最寄から電車で一駅先にあるカラオケボックスに来ている。全員いるなーと企画者の男が声をかけたところで乾杯の号令がかかり、順々に歌を入れ始めた。
がやがやと初っ端から盛り上がるクラスメイトが多数を占める中、異常な程不機嫌な奴が一人。幸村くんを無事に突破した彩華だ。幸村くんに耳打ちで聞いたところ、特別成績が悪かったと言うことは無いらしい。こいつは成績の問題で機嫌が悪かったんじゃないのか、と俺は首を捻るばかりだった。

「丸井くん歌わないの?」

「あー……」

田中さんがマイクを持ってやってきた。すると男が数人、今しがた前奏が始まったばかりの曲を歌えと強要してくる。
気が引けるもののクラス数人が推してくる手前、断ることは出来ない。立ち上がればパラパラと拍手が聞こえる。そしてその辺にいた男(仁王雅治とも言う)の髪を引っ掴んで前進する。

「………痛いんじゃが」

「うるせえ、お前も歌え」

「俺この曲サビしか知らん」

「はあ?!」

役立たねえ、と思わず漏らすと頭を叩かれた。地味に痛いが今は歌わなきゃなんねえから後で仕返しをしようと心に決め、一番を歌う。隣の役立たず男は適当に手拍子をしていた。
声を出すと言うのは妙にスッキリするもので、1サビを歌い終える頃には心の蟠りも綺麗に流れ落ちていった。そのまま周りの奴らに囃し立てられ勢いづくと、最後まで歌い尽くす。途中「サビしか知らん」と言った男が加わったが、歌詞を間違えたところで俺の蹴りが炸裂した。

「あー…スッキリした」

「……痛い」

「あれ、彩華は?」

元座っていた場所に戻ってくると、斜め前にいた筈の奴の姿無い。ザッと部屋を見渡すが移動した様子も見えない。

「何じゃお前見とったんじゃないんか?」

「は?何が」

「俺らが歌ってる時出て行ったぜよ」

そこから仁王に再び膝蹴りを食らわすと、立ち上がって踊り出す連中の間を抜け、扉に向かう。部屋の外に出れば頭が痛くなるくらいの大きなミュージック音から一気に解放された。
だけど大きすぎる為か、防音性が手抜きな作りになっているのか、俺らの部屋が今何を歌っているのか、誰が歌っているのか、ハッキリと分かった。確かこの次俺が入れた曲だったような…なら歌ってからでも良いかな、と。そんな考えが過ぎったが振り払う。辺りを見回しても通路には人っ子ひとり居ない。何処からそんな自信が来るのか不思議だが、彩華は帰ってはいない。そう思って俺はフロントの方に足を向けた。

「……何やってんだよ」

「ん、?」

居た、確かに居た。混雑時に順番を待つ人の為に用意されているソファーに座りながら、恐らく客引きの為に設置されているテレビを見ていた。グラスに入った100%オレンジジュースを飲みながら。
その光景は自分の家で寛いでいる時とまるで同じだった。

「見て分かんない?見逃したうたばん見てるの」

「ハァ……部屋戻るぞ」

「待って後少し」

「何で部屋出たんだよ」

「音が煩くて頭痛い」

彩華がこういう騒ぐことが好きじゃねえのは百も承知だ。「強制参加」でなきゃ今この場にいることはまずない。来ただけ良いでしょ、と俺を見上げる顔はそんなことを言っている。
「後少し」は皆が帰る時まで言い続けるだろう。今まではそれでも良いと思っていたが、今日はそう言う訳にもいかない。
彩華は何も気にしていないだろうが、クリスマスなんだ今日は。それを一人テレビを見て過ごされると言うのはどうも気が引ける。それも自宅じゃない、外でと言うのは気にするなと言う方が無理な相談だ。

「音ぐらい、我慢しろよ」

「無理」

「じゃあ何か一曲歌え」

「………」

「そしたら帰って良いから」

無言で飲みかけの100%オレンジジュースをテーブルに置くと立ち上がる。これは承諾したようだ。余程帰りたかったのか、立ち上がると躊躇せず部屋へと歩き出した。

「おい、このグラス…」

「…………」

チラ、と振り返ったものの、何も言わない。「持って行けと?」と言えば頷いた。俺はパシリじゃねえ、とそのまま放置して行くのも有りだったが、放置すれば店側に迷惑がかかる。間違っても彩華が自分で運ぶことはしないだろうから。

「あ、幸村」

「………え?」

ちゃっかりコースター何か使ってやがるよ、こいつとか思いつつグラスを手に取った時に聞こえた声。思わず手の力が抜けて落としそうになった。危ない、万事休すだ。
何処のクラスも考えることは皆同じ。学校から近くて一番安いカラオケと言えば今いる此処だ。逆に知り合いに会わないことの方が少ないくらい、此処に来ると誰かしら学校の連中がいる。それは今日も例外ではない。

「なんだ彩華達も来てたの?」

「うん」

「丸井は?」

「あそこにいるよ」

そんな会話が聞こえる。俺、指差されてるよ。幸村くん良い笑顔でこっち見てるよ。
彩華が何やら幸村くんに耳打ちをする。それでもやっぱり笑顔な幸村くん。怖い、俺の中にはそれしかなかった。

「丸井勝負しようか、採点で低かった方がトナカイになって市内一周ね」

何でこんなに生き生きと。


隣のあいつ


「あ、ブン太ープレゼントは?」
「は?」
「今日クリスマスじゃん、プレゼント」
「…何もねえよ」
「仕方ない、現金で我慢する」
「おい勝手に財布取んなって!」


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