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「あ………忘れた」

「え…?」

幸村くんに連れられ舞台裏へ。テニス部主演の劇は間もなく開演となる。
そこで最後の打ち合わせ兼段取りの確認をしようとなり、主役である俺と彩華を中心に始まったのだが、彩華が初っ端から台詞を忘れ前途多難の幕開けとなった。

「取り敢えずお前は台本を全部読め」

「えー…」

「ほら、少しでも思い出しとけよ」

「別に好きで忘れた訳じゃないのに、頭から勝手に抜けて言ったんだから…」

好きで忘れたんなら俺は今頃彩華に今まで(15年間)の怒りをぶつけている。開演まで残り10分弱。この少ない時間でなんとかしねえと、今は大丈夫だとしても劇が終わりを迎えた時に幸村くんのお怒りを諸に喰らってしまう。

「だいたい、私にこんな長い台詞覚えろってのが無謀で…」

ブツブツと文句を言いつつも彩華の目は必死に台本の字を追っている。言われても中々やらないが、任され自分が承諾したことは一回やると決めればとことん最後までやる奴だ。
まあ、やる気には殆どならないんだけど。だいたいは食い物に釣られて無理矢理頷かされるのが多い。今回の劇だってそうだ。一体俺からいくら出費されたか、恐ろしくて考えたくない。

「…って、何寝てんだよ!」

「全部覚えたから休憩」

「は、まじ?」

「うそ」

必死に拳を握って耐える。ここでこいつを殴ったら彩華は間違いなくやる気を無くす。
そうなったら後で被害を被るのはこの俺だ。それに何のためにこの一週間彩華の家に通いつめたのか分からなくなる。菓子だの何だの買っていったから財布の中はもう空っぽだし。
あー…文化祭のためだけに俺はどれだけの金額を彩華にくれてやってんだろ。

「とにかく休憩。もう疲れた」

「本番はこれからだろぃ」

「あーもう煩い煩い」

「な、てめっ…、俺がやったお菓子全部返せ!」

「残念。綺麗に消化しました」

落ち着け、落ち着け、俺。彩華がこんなんなのは今に始まったことじゃない。生まれた時からだ、と彩華の親も溜め息をつきながら言ってたんだ。
ここで俺が怒った所でこいつは何の反応も見せないだろう。
寧ろ彩華の機嫌が悪くなって台本を投げられる。もしくは逃げ出す。いや…それは無いか、今だって話しながらもパラパラと台本をめくっているんだ。

「取り敢えず、誰かにカンペの紙を出して貰えりゃ…」

「カンペ…?」

「あ、ああ」

「カンペなんて出来るの?」

「まあ、少しなら出来るんじゃねえの?」

「はあ?!」

何が気に触ったのか、眉間に皺を寄せ怒鳴るように言う。台本を丸め、何処かの鬼監督のようなポーズを取り俺を睨む。
今にも殴って来そうで正直恐い。面がまるで歌舞伎の般若みたいだ。
俺何か怒らすようなこと言ったか?
記憶を辿っても特にまずい発言は無い。寧ろ良い発言だと思うけど。

「な、何だよい、いきなり…」

「カンペ…」

「カンペが、どうかしたか?」

まさかカンペなんて卑怯なことしたくねえとか?彩華ってそんなに完璧主義者だったか?
常に楽な方へ楽な方へと、楽して生きることを最優先に考えてきた奴だったような気がするけどな。

「カンペがあるなら早く言ってよ!」

「は…」

「あんなに必死になって損した、何ようる覚えで十分じゃないの」

ああ、やっぱりな。
彩華だよな、お前はそういう奴だよな。自分が労働させられたことに怒ったわけな。
別に卑怯とかそう言うんじゃねえんだよな、と言うよりも卑怯を好むような奴だよな。少しでも変な期待を持った俺が馬鹿だったか。

「じゃあジャッカルにでも頼んで来るか…」

「何疲れた顔してんの、劇はこれからだよ」

「お前さっきと言ってること逆だぞ」

「あ、後1分で始まる」

「なに、ジャッカル!」

この後ジャッカルが今更無理だとか何か言って来たけど全部無視して出番の準備に入った。
彩華も最初の方は何とか台詞を覚えてたようで、前半はすんなりと終わり、後半までの小休憩へと無事進行。

俺は俺で彩華のことばっかり気にしてたせいか自分の台詞のど忘れが激しく、幸村に鋭い視線を送られた。後半も同じだったら許さないから、と獲物を仕留めるような目を向けられ、慌てて台本をめくる。
ジャッカルにカンペを頼もうと思って探したけど姿が見当たらない。どっかで休んでのかと思ったがまだ探す余裕なんてねえから自力で覚えるしかなくなってしまった。
一日でこんなに神経使うとか久しぶりだな。

「ねえ…ブン太出番だけど」

「うわ、もっと早く言えよ!」

かなり多難だったが劇は無事終演の時間を迎えた。もう二度とやるたくねえと思ったけど、また明日もあるんだよな…全く神経擦り減るぜぃ。
とにかく今日は終わりだ、午後は自由だからそこで疲れを癒そう。

「ブン太ーお金ある?」

「まあ、一応」

「食券しか持ってないから、文化祭回れない。付き合って」

「食い意地張りすぎじゃね?」

「ブン太にだけは言われたくないんだけど」

「俺はそんなに張ってねえよ!」

「何言ってんのブン太はいつも……じゃん」

え、何でいきなり語尾が小さくなるんだよ?
まさかまさか、と思いながらゆっくり後ろを振り返る。
今はまだ文化祭の真っ最中、これから午後の部で散々だった劇前の疲れを癒す為に自由に出店等を回る予定で。
幸村くんも同じ気持ちだろうと俺は思っていた。けど、幸村くんの顔は後ろに般若を構えていた。笑っている筈なのに後ろには般若がついていた。

「あれだけ間違えといてよく笑っていられるね」

ごもっとも。


隣のあいつ


「あ、お化け屋敷入りたいー」
「嫌だ」
「なに、怖いの?」
「な、そんなことねえよ!」
「じゃあ入るよ」
「いや…俺は疲れを癒したいんだって!」
「はいはい、うじうじ言わない。怖いからって男らしくないよ」
「だから違…っておい!」


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