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「ねむ、…帰りたい」

「まだ始まってもいねえよ」

「ねえブン太ー帰って良い?」

「だから始まってねえって!」

中学最後の文化祭ってこともあるのか、周りからざわつく声はとても明るい。
普段は不真面目な…授業で寝たりサボる様な奴でも行事には張り切るようで今日の手順だの何だの、興奮した口調で説明している。
だけど、俺はいまいち騒ぐ気になれない。隣にはさっきから呪文のように「帰りたい」を連呼する彩華がいるからだ。

「あんなに騒いで何になるわけ」

「まあ、行事ってのは楽しいもんだろぃ」

「意味わかんない」

「お前はもっと楽しむ心を持てよ」

「私は家で寝るのが一番楽しい」

とても中学生の、それも女子が言うとは思えない台詞が俺の耳に届いた。
クラスの女子は殆ど騒ぎに騒いで時折黄色い声まで聞こえる。同い年とは絶対思いたくねえ。

「なんか楽しみなことねえの?」

「ない」

「即答すんなよ」

突っ込む俺に大きな欠伸をしてスルーすると、鞄からポッキーを出して食べ始めた。
彩華は行事ことになると必ずお菓子片手に一日を過ごす。何か食っとかないと眠くなるらしい。

「ブン太食べる?」

「くれんの?」

「失敗した」

「は?」

「新商品とかってやめて欲しいよね」

「あ、ああ…」

彩華がくれるとか言うから何かと思えばまずかったわけな。
いくら新商品とは言え、「マヨ入り唐辛子味」は美味くねえと思う。名前からして。
だけど差し出してくる彩華を無視出来るわけがなく、…って言うより押し付けやがった。仕方がないから物は試しに一口口に入れる。

「…気持ち悪」

ぐちゃぐちゃとした触感で、まずいどころか吐き気がしてくる。

「これブン太にあげるよ」

「いらねえよ!」

まだ文化祭は始まっていないって言うのにどっと疲れたのは何でだろうか。
ポッキーの押し付け合いをしていると、開始を知らせるアナウンスが鳴り一日目がスタートとなった。
俺達のクラスは喫茶店をやり前半後半に分けて回ったり仕事をしたりする。
だけど俺と彩華はテニス部でのやることがあるからと、クラスでは何もしなくて良いことになっている。

「…って、始まったそばから昇校口向かうなって!」

「…帰る」

「せめて劇出てからにしろ!」

じゃないと幸村くんに俺が何をされるか分かったもんじゃない。
下手すりゃ一人ニ役で頑張れとか言い出しそうで怖い。

「分かった……じゃあ屋上で寝てるから午後になったら起こして」

「それじゃあもう劇終わってんだろぃ!」

「ブンちゃんの我が儘!」

「お前がな」

「……分かったよ、仕方ない」

下を見ながらポツリと呟いた。
彩華もいい加減諦めたのかとホッと息を吐いたら、ガバッと頭上げて俺を鋭く睨みつけてきた。

「な、なんだよ」

「三段パフェ」

「は?」

「三段パフェで良いよ」

「何が?」

「だから三段パフェで手を打とうって言ってんの」

「は?」

「だーかーら、三段パフェ奢ってくれるなら劇出ても良いよ」

「何で俺が奢んなきゃいけねえんだよ!」

第一彩華は生徒会から散々食い物(のタダ券)を貰ってたよな?なのにさらに俺に奢れって可笑しいだろ。

「利益もないのに労力使うなんて信じられない」

「俺はお前のその思考が信じらんねえ」

「じゃあ幸村に頼むだけで良いよ」

「え?」

「ブン太がお金ないことは知ってるから幸村に頼んでくれれば良いよ」

「無理にもほどがあるだろぃ!」

幸村くんに奢ってもらうなんて命知らずなものだ。
俺の明日…いや、言ったそばから網が敷かれてない綱渡りをしてるようなものになる。

「そんなこと自分で頼めよな」

「私はまだ死にたくない」

「俺だって死にたくねえよ!」

しかも死ぬ前提か。命が危ないどころの騒ぎじゃなくなってる。
と言うよりこいつはやっぱり分かって言ってんだよな。俺が幸村に何されるか分かってんだよな。本当にタチ悪い奴。

「それでも男か!」

「それとこれとは話が別」

「意気地無し!」

「うっ…」

「男らしくない、女々しい、男して有り得ない」

「お前、いい加減に」

「そんなのブン太じゃない」

「……………あーもう!分かったよ買ってやるよい!」

久々に見た彩華の悲しそうな顔に俺は何も言えなくなってしまった。
いつも人を見下すか軽蔑するか面白がるか、そんな顔しかしないのに何処か寂しそうな悲しそうな………いや、幻覚だったか。目の前の彩華はかなり笑ってる。それも純粋な笑顔なら良いんだが、獲物を仕留めたハンターのような笑いだ。

「はあ…」

「ブンちゃん文化祭はこれからだよ!溜め息なんて吐いてたら勿体ない!」

「お前にだけは言われたくねえよ」

「ほらほら元気よ……く………」

(…ああ、お決まりのパターンかよぃ…)

だんだんと彩華の顔が歪んでいく。
俺は心の中で深い溜め息を吐くと、背後で異様なオーラを出しているであろう幸村くんの方を振り返った。
冷や汗が背中を伝うけど、ここで振り向かないと後が怖いことはもう分かりきってんだ。

「当日にまで遅刻するんだ」

慣れって恐ろしい。


隣のあいつ


「ブン太ブン太ー!」
「あー?」
「あれが食べたい」
「お前はこれから劇だっての!」
「ブン太は男でしょ!」
「もうその手には乗らねえよぃ」
「はあ、全くこれだからブン太は…」
「溜め息吐きてえのはこっちだ!」


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