素直になれない欲望
財前光。
この男はなかなか食えない奴だと思う。何も食すの食えないではなく、人として感情が読めない。普段何を考えているのかも、妙にきつい目付きの裏には何を思っているのかも、もっと言えば自分が認めた以外の人、つまりは「他人」をどう思っているのかも。
いつも一人でいるような気がするが、見ている限りクラスの人達や部活仲間と喋っていることが断然多い。一匹狼な印象を与えるくせに、先輩からも同級生からも後輩からも信頼は熱い。ピアスを5個も開けてる割には頭は黒いし、不真面目なのか真面目なのか。
こいつ以上に掴み所の無い奴なんて居ないんじゃないかってくらい。中学一年から約四年間、そして五年目のクラスメートをやってきて分かったことなど極僅か。考えれば考える程、謎としかならない、私に言わせて貰えば変な男だ。



「いい加減聞けや阿呆」

「あだっ…」

今日の晩御飯はハンバーグが良いかもしれない。そんなことを雀が二羽、木の枝から飛び立つのを見て思った。(けして鳥肉が食べたくなったとか言う訳ではない)
すると頭に掛かるズッシリとした重み。そしてズキンと頭全体に広がる痛み。この痛みによって自然と変な効果音が自分の口から出る。

「……痛いんやけど」

「なに阿呆面曝しとんねん」

「な、人のこと小突いといてそれはないんやない?!」

「うっさいわ、声抑えろや。それか黙れ阿呆」

「いきなり叩いといて何やねん!阿呆阿呆うっさいんはそっちやん!」

口が悪い。もちろん私ではなく光が。
小突かれた後頭部は地味なジンジンとし痛みが未だにある。「小突く」と言う言葉が合わないくらい力が強かった気がするのは気のせいか。いや、気のせいではあるまい。実際に痛いのだから。

「…なら、ええんやな」

「え、何が?」

ニヤリと確信犯のような笑みに私の表情は凍る。
クーラーがガンガン効いているこの教室で、汗をかくなんてことはまず無い筈なのにも関わらず、肌の上を汗が伝う。そんな感覚を覚えた。
こんな私とは対照的に光は尚も嫌な笑みを浮かべたままだ。

「な、なんやねん」

「名前がええなら、明日部活行くで?」

「や、やから、何が……」

全くと言って良い程、身に覚えがない。弱みなんて今更だ。それに今はこれと言った秘密事などない、はず。
それでも何処か自信満々な光に私は怯えざるを得ない。分からないから、未知だから、普段よりも数倍嫌な予感しかしてこない。

「……明日、火曜日、」

「う、うん……?」

訳が分からないまま、光の表情は曇った。ニヤニヤとした嫌な笑みは消え、心情の読めない無表情な顔に。
何か私はまずいことを言っただろうか。いや、特に…と言うかこれと言った台詞を発していない。

「まさか忘れたんやないよな」

ごめんなさい忘れました。と言えたら良いものの、無表情な光は怖い。もしかしたら怒っているかもしれない。
私の脳は記憶をフル回転させて火曜日に何があるかを思い出そうとする。そのため普段使わない記憶力を使い込む。
明日、火曜日は確か20日…あれ、20日…?

ヒカルノタンジョウビジャナイカ。

「……ご、ごめん!!」

「はあ……本気で忘れてたんか」

「い、いやな、べ、別に忘れてたわけちゃう……」

「正直に言うたら今ならまだ許したる」

「すいません、忘れてました」

実際にしたわけではないが、土下座の勢いで私は頭を下げた。
今回のことは私が悪い。今年で一緒にいるのも五年目、それにも関わらず私は忘れてはいけない日を、すっかり頭から抜けさせていたのだ。
20日の火曜日、つまり明日だ。プレゼントも買ってなけりゃ、去年一昨年のように何かサプライズさせようと仕込んだこともしていない。
ああ、気付いたのが明日だったらもっと悲惨だっただろうな。光のこの痛い程突き刺さる視線が。

「で、」

「はい…」

「今年は何してくれるん?」

「そ、それは、その……」

昨日セールだ何だと洋服だのアクセサリーだのバックだの、と買ってしまいお財布に残っているお金は極僅か。お札などなく、硬貨数枚だったはずだ。
これではケーキを買うこともプレゼントを買うことも出来やしない。
私は合わせられる視線を少しずつずらし、そして光と距離を取るため一歩一歩後ろに下がる。理由は一つ、この場から逃げるため。

「名前、まさか逃げようなんて思っとらんよな」

「思ってるわけないやないですか、光くん」

蛙の気持ちが分かったこの瞬間。蛇に睨まれた蛙は、まるで金縛りにでも合ったかのように逃げられなくなってしまったのだ。今のこの状況と同じく。
目の前の光の口角は上がっているが、目尻は下がっていない。口元だけ笑っていると言うのが、目だけ笑っていないと言うのが、一番恐ろしいことだ。

「あ、あの逃げないんやから手は……」

ガッチリと掴まれた手首。若干力が入っていて微々たる痛みがある。

「明日どうすんねん」

「う…すいません、」

「こっちはわざわざ部活休んでんねん、去年の二の舞は御免やから」

去年はサプライズだとか何だとかで部活に侵入して、それは素晴らしいくらいの痛い視線を浴びた。おかげでテニス部の人達とは未だに壁がある。と言うよりも変と言うレッテルを貼られてしまった。
そうか、だからさっき部活がどうとか言ってたのか。
光の心遣いは嬉しいが、今の状況では私の非を更に広げることになる。誕生日であるはずの光に気を遣わせた挙げ句に、何にも無いだなんて。自己嫌悪にしかならない。

「…ごめん、」

「名前のことやから、お金も無いんやろ」

「……………」

図星を刺されると、どうしようも無く情けなくなる。特に今は。光に溜め息をつかせて、今日の夕飯はハンバーグとか考えていた数分前の自分が酷く恨めしい。
夏休み前だからって忘れて良いことといけないことがある。浮かれ過ぎるのは本当に良くない。私は身を持って学習した。

「今何が欲しいわけやないけど、プレゼントって欲しくなるもんやん?誕生日には」

「……ご、ごめ…でもホンマに今は金欠で…」

「別に物はいらんわ」

「せやったら、何を……?」

物では無いプレゼント。
ならば芸をしろとでも?生憎関西人な私だけど、ギャグのセンスは皆無。もはや無いに等しい。それを承知の上でやるなど羞恥しか残らない。

「名前」

「え?」

「名前をくれへん?」

「は、…な……んっ……!?」

再びニヤリと笑った光に何かと思えば、いきなりドアップになる端正な顔。突然過ぎて思考回路は一時停止。
この現状が理解出来たのは光との距離が通常に戻ってからだった。

「え、今キ…?!」

「良く言うやろ、プレゼントは"私を"って」

「な…っ…!ふ、ふざけんのも大概にしてや!」

パチンと乾いた音が響く。私の手が光の頬を叩いたと気付いたのは、余り動揺することのない光の目が珍しく大きく見開かれたのを見た後。
咄嗟に私は光の頬に平手を喰らわせてしまったのだ。

「ご、ごめん…!」

誕生日を忘れたことも、光のらしくない笑みも、言っていることも、そして光を叩いてしまったことも、全てが嫌で私は逃げ出した。
驚愕したことで力が抜けた光の、手首を掴んでいた手を一気に振り払ってもう誰も居ない放課後の教室から出て行った。


「名前待っ…!……くそっ、何やっとんねん、俺は」






自分に正直は男は嫌ですか

「待てや!名前!」

「ひか…」

「嘘や、隣におってくれ。明日一日、隣におってくれるだけでええ」

「なん……」

「お前が隣におるだけでプレゼントになんねん、阿呆」

奥山ゆう /
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