彼が看病してくれるなら風邪も悪くないと思った
起き抜けに身体がとても重く、風邪だと確信したのは体温計が38度を示したからだった。関節が痛い。頭も痛いし鼻もムズムズする。昨日まですこぶる元気だったのに人間の身体はここまで急激に変化するものかと呆然と考えてしまった。
学校の担任に欠席の連絡をして、いそいそと自室に戻った。両親は朝早くから仕事に行っており、家にはいない。ひとりであることにほんのり寂しさを感じながら眠りについた。
次に目を覚ましたのは、枕元に置いといたスマホが何度も振動していた時だった。朝よりは些か身体が楽になったかなと思いながら画面を確認すると、数件の着信履歴。慌てて折り返せば、相手は数コールもしないうちに出た。
「あ、やっと出た」
「ごめん!寝てて気づけなくて……」
「そうだと思ってた。家、入れてくれない?」
「え?」
「実は今君の家まで来てるんだ」
驚いて時計を見れば学校はまだ授業中だった。
「なんで今っ」
「はやく開けてよ」
少し戯けたように言う彼を一先ず家に招き入れる。ガサガサと手にしているビニール袋の音を立てながら幸村は「お邪魔します」と呟いた。
「薬は飲んだのかい?」
「えっと……朝飲んで以来……」
いまいち状況に順応できないまま彼をリビングに通す。持っていたビニール袋の中は冷えピタに桃缶、ポカリスエットといかにもな病人向けの品々だった。
「お昼ご飯はあるの?」
「あ、お母さんがおかゆ作ってくれてるはず……」
「そう、俺が温めるからお前は座ってなよ」
いいよと言うよりも早く幸村はキッチンへと向かってしまった。ぼーとする頭で彼が家の台所にいるという不思議な光景をただ眺めるしか出来ない。しばらくすると彼は温まったお粥と、持ってきた桃の缶詰を切ったものを持ってきた。
「食べさせようか?」
「だ、大丈夫!」
クスクスと笑いながら幸村は残念と私にスプーンを渡してくる。どこまで冗談なのか分かりづらい男だ。
じんわりと口の中にお粥の温かみが広がる。食欲はそんなになかったけれど、口に運べば難なく食べられると思った。
「それより学校は?まだ授業中だよね?」
「ああ、お前が心配だったから早退した」
サラリと当然の如く言う。
「なにもそこまで……」
「お前が体調不良なんて滅多にないだろ。気が気じゃなかったよ」
でも思ったより元気そうで良かったと微笑みながら幸村は私の頭を撫でた。その所業に顔が熱くなる。
「あれ、さっきより顔赤くない?」
分かって言ってるのか彼は距離を積めると、顔がどんどん近くなる。内心パニックになりながらも端正な顔立ちが近づいてくるのを眺めていれば、コツンとおでことおでこがぶつかった。
「うーん、熱はそんなに高くないかな」
ドキドキと鼓動が鳴る。風邪ではない熱が確実に上がった。そんな私をニコニコと見つめる彼は意地が悪いと思う。
そのまま隣に座る幸村は私が食べ終えるまで静かにこちらを見ていた。食べ辛さを感じながらも、きっとやめてと言ってもやめてくれない彼に私は観念して食べることに専念する。
漸く食べ終え、幸村に用意された薬を飲むと一息ついた。
「どうする?寝る?」
ご飯を食べたことで少し熱が上がったのか、さっきよりも身体が怠く感じる。私は幸村の言葉に頷いた。片付けは俺がやるからと彼は私を部屋へと連れて行こうとする。小さな抵抗を試みるも、大して力の入らない私の手では意外とがっしりしている幸村を退けることなんて出来なかった。
「幸村……いつまでいるの?」
ベッドに横たわり、おでこに冷えピタを貼ってくれる彼を見上げながらそう聞くと、そうだなあと少し考えるそぶりを見せた。
「お前が治るまでって言いたいところだけど、俺の気が済むまでかな」
それっていつなの……?と聞きたい言葉は紡ぐことなく、満腹なのと薬の副作用により私はぼんやりとした意識のまま眠りについてしまう。
「ゆっくりおやすみ」
おでこに何かが触れたのを感じながら深い深い眠りについた。

目が覚めたとき、端正な横顔が見えてほっとする。私が起きたことに気づいた幸村は、軽く唇にキスを落とした。
「これで俺に移れば、お前の風邪は早く治るだろう?」

奥山ゆう /
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