幸村精市も人の子
膝の上で硬く握られた拳はびっしょりと汗を掻いていた。目の前に座る彼女はきょとんとした顔で俺を見つめている。そんな姿も可愛いなと余裕のない頭で思った。こんな状態になったのは俺が彼女に「大事な話があるから時間を作ってくれ」と言ったからだ。

人気のあまりない古民家風の喫茶店に入った。アンティークが多用されており、ひと昔前の時代に来てしまったかのように感じられる。リリン。耳障りの良い鈴の音を聞きながら、俺と彼女は案内された席に座った。
適当に注文を済ませ、先に置かれた水を口に含む。ごくり。喉を通る音がやけに響いた気がして、どきりと心臓が鳴る。そしてバクバクと鼓動はどんどん激しくなり、背を変な汗が伝うような感覚にどうしようもなくなり、視線を自身の膝に落とした。
頼んだコーヒーが運ばれてくると、彼女は砂糖を少しに、ミルクをたっぷりといれた。ブラックのままでは飲めない彼女が俺はとても好きだ。反対に俺は何も入れることなく一口飲む。苦味が口内いっぱいに広がると、今という時が嫌なくらい突きつけられる。柄にもなく緊張しているのだと、やっと分かった。

どのくらい時間が過ぎたかは定かではない。彼女は尚も俺が口を開くのを待ってくれていて、俺たちの間にはお店が流すBGMの優雅な音だけが漂っていた。腹を括る。その言葉が頭の中で大きく主張していた。俺は、膝の上に置かれた拳を力強く握ると、漸く言葉を発した。

「俺と、結婚してくれないか」

小脇に用意しておいた小さな正方形の箱をパカリと開けて差し出す。ベタが一番だと相談した昔からの仲間であり友人である男は言っていた。
恐る恐る彼女の顔を見上げる。震えそうな手に力を込めて、もう手汗なんて気にならなくなっていた。それ以上に彼女の反応が、表情が気になって仕方がない。
ポタ、と木のテーブルに小さな染みを作った。それは彼女の目から零れ落ちた一筋の滴で、俺は慌てて彼女の目元を拭おうと手を伸ばす。
「ごめん、俺が泣かせた……?」
「嬉し涙だ、ばか」
そう言った彼女の頬に手を添えて。俺の手を彼女は両手でそっと掴んだ。
「返事を聞いても、いいかな……?」
「そんなの決まってるでしょ、もちろんーー」
彼女の言葉に俺の目頭は熱くなった。

奥山ゆう /
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