忍足侑士の駆け引き講座
「またフラれた〜〜」
大きな溜息と共に机に突っ伏した。机の家主である忍足侑士は丸い眼鏡をかけながら、最近買ったばかりだという恋愛小説に視線を向けたままこちらを見ようとしない。少しは私に興味を持って欲しいというのが本音だ。
しかしそんな些細なことには動じない私は無反応な彼に追い討ちをかけるように言う。
「聞いて?忍足、さっきね……」
今日の放課後に隣のクラスでサッカー部のエースでもある山田くんと仲が良い、同じくサッカー部で補欠にして線の細さがピカイチな佐藤くんを呼び出した。場所は校庭の隅にある体育倉庫前で、意外と人目につかないので告白スポットとして密かに人気だ。
高鳴る鼓動をおさえ、思いを告げたまでは良かったが答えはゴメンナサイだった。そこまでを忍足に伝えると漸く彼は視線をこちらに向ける。
「どうでもええけど、佐藤と面識あったんか?」
「え、ないよ。一目惚れだし」
「ようそれで上手くいくと思うたな」
読みかけている部分に付箋を挟むと、パタンと本を閉じた。そして呆れたような笑みを浮かべる。
「前もそうやなかった?」
そうだっけなあと記憶を辿れば似たような理由でフラれた思い出が蘇った。それはそれ、これはこれだろう。
「懲りひんやつやなあ」
「だって好きになるとすぐ伝えたくなるというか……」
「そもそも◯◯は駆け引きが足りんねん」
私は何かあるとすぐに忍足に話すのが癖だった。いつの間にか仲良くなった彼は、見た目に似合わず恋愛小説が好きで、眼鏡は伊達で、面白い人だなと思った時には既に彼に色んなことを話した後だった。誰かを好きになった時は女友達よりもまず先に彼に報告をするし、こうやってフラれた時も一目散に彼のもとに向かう。
聞いてないようでいて、しっかりと私の話を聞いてくれる忍足はとても面倒見がいい。
「慰めて欲しいんやろ」
ほら、と両腕を伸ばされる。が、私は違うと首を振った。そういう慰めが欲しいのではない。
そう伝えれば行き場のなくなった彼の腕が可哀想になりながらも縮こまる。
「ならどうして欲しいねん」
半ば呆れる彼だが、話は最後まで聞いてくれるので、これまた優しいところである。
「その足りない駆け引きを教えて!」
面食らって笑った顔はいつもより表情が崩れていて、年相応な笑顔だった。

「たとえばなあ……俺が突然名前に冷たくなったらどないする?」
忍足は少しばかり思案したあと、そう言った。
彼に冷たくされる……想像しただけで悲しくなる。毎日嫌ってほど忍足と話してるのだ。そんな日常が突如として無くなったらそれはとても詰まらない日々になるし、そんな日が来られては困る。
「どうって……やだ」
私は口をへの字に曲げて答えた。
「せやろ。んで、理由も気にならん?」
忍足は私の反応にうんうんと頷き、さらに言葉を促した。
「……気になる」
「そんな感じで、うまーく相手の気を自分に向けるんや」
「そしたらどうなんの?」
「相手は嫌でも自分を気にし始めんねん……それが吉と出るか凶と出るかは自分次第やけど」
ふむふむ。忍足の説明は何であってもとても分かりやすい。よく勉強を教えてもらっているが、彼のおかげで赤点を回避できたことは何度もある。
今回の駆け引きの大切さは分かった気がする。あくまでも気がするだけで、本質的な部分は何も分かってないのだけれど。
忍足は「あとは頑張りや」と言いながら私の頭をポンポンと軽く叩くと席を立ち上がった。
「どこかいくの?」
今日テニス部は休みのはずで、放課後の時間こうして教室で本を読んでいたのなら彼に急ぎの用などあるはずはないと思っていた。だからこそ、このタイミングを狙って私は忍足に今日あった出来事を聞いてもらったのだから。
すると予想に反した返事が彼の口から滑り出る。
「さあな」
それだけ言うと、鞄を掴んでそのまま教室を出て行ってしまった。
唐突に嫌な予感がした私は慌てて忍足の後を追う。そして少し先の廊下を歩く彼を呼び止めた。
「待って!忍足!」
「ん、なんや?」
切羽詰まった私の顔を見ても忍足は表情一つ変えない。
「えっ……と、なんていうか……」
「なんもないんなら行くで」
「えっ!待って!」
顔色一つ変えない忍足はそのまま踵を返そうとする。私は何故だか無性に嫌になり、走って彼のもとまで行った。
「あの、なんか急にね忍足が冷たくなったような気がして……気のせいだよね?」
下から見上げるように彼の無表情な顔を見ればさっきまでとは売って変わった顔がそこにはあった。
「さあて、どうやろな」
意地の悪い笑い方。こういう時の嫌な予感は当たると自分の中の冷静な私は言っている。忍足の表情に、どうしようもない不安に襲われた私は、咄嗟に掴んだ彼のワイシャツに大きく皺を付けた。
するとくくっと頭上からは笑い声が聞こえてくる。
「すぐ気になってるやん」
「へ?」
もう一度上を見やれば今度は楽しそうに笑う男がいた。
「さっき言うた駆け引きってこういうことやで」
「あ、ああ、なんだそれをやってくれたのね……」
大きく安堵し、息を吐き出す。けれども、安心したのも束の間だった。
「まあ、でも……もっと意識すればええねん」
え、なにを?そう聞き返す前に忍足はまた前を見て歩き出す。再び慌てて後を追って、言葉の意味を尋ねても今度はなにも答えてくれなかった。

奥山ゆう /
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