遅くなったホワイトデー
お返しなんていらないから、そう言って渡したバレンタインのチョコレート。相手の重荷になりたくないから言った言葉だったけれど、本当に貰えないとなると話は別で。

私は思わず溜息をついた。15日すらも終わろうとしている今、時計の秒針がチクタクと正確な時間を刻む。昨日も今日も何もなかった。お返しなんていらない、これは単なる強がりでしかないのが本音だった。昨日皆んな、意中の相手からホワイトデーのお返しを貰っている中、私はそんな彼女らの様子を微笑ましく眺めていた。否、半分は羨ましいと嫉妬が絡んだ目で見てしまったかもしれない。
見慣れたスマートフォンの待受をぼーっと眺めているとピコンと音が鳴る。メッセージの通知音だ。こんな時間に誰だろうと開けば、差出人には待ちに待った彼の名前が書かれていた。

ーごめん、こんな時間に。よかったら今から出て来られないかな?実は今君の家の近くにいるんだー

慌てて二階の自室の窓から外を見下ろす。ハッキリとはしないが彼の姿がぼんやりと見える。驚きの声も出ないまま、私は慌てて階段を駆け下りると玄関の扉を開けて外に出た。
「幸村!!」
「あ、出てきてくれたんだ」
目が合い、にっこりと笑う幸村は白のダッフルコートを身に纏っていた。
「どうして……」
「本当は明日でも良かったんだけど、昨日渡せなかったからどうしても今日渡したいと思って」
彼の手には綺麗な紙袋が握られていた。それを私に差し出すと、バレンタインはありがとう、と唇が綺麗に動いた。
それは確かに私が欲しかった物で、期待していた物で、だけどもこんな形で渡されるなんて予想にもしてなかった。突然の出来事に頭が固まる。こんな時間に幸村が此処にいること自体驚きでしかないのに。
「遅くなってごめんね」
「……っ……ううん!」
思わず目頭が熱くなる。気を抜いたら溢れてしまいそうな涙をぎゅっと堪えた。暗いから幸村にはバレないとそう思ったのも束の間だった。
「急いで出てきてくれてありがとう」
頭をぐいっと抱き寄せられた。簡単に幸村の腕の中に閉じ込められ、彼の温もりを十分に感じる。瞬きを繰り返し、起こったことを脳内で反芻するも心が現状に上手くついていかない。
「嬉しいよ、今会えて」
幸村の声が耳の間近で聞こえて、今彼との距離がゼロなことに急激に恥ずかしさを覚えた。
「えっと、あの、えっ」
「暗くて周りからは見えないよ。こんな時間だし、誰もいないさ」
「そ、そういうことじゃなくてっ」
なんで今抱きしめられてるのかを聞きたくて。だけどもそれは言葉にならないまま、暫く彼の腕の中に居続ける。
漸く離されると、充電完了かな、なんて微笑む彼が暗闇にいるのに眩しく感じた。どうして彼は今私と一緒にいるんだろうと冷静な自分が頭の隅でぼやいた。

「まあお返しを渡したいなんて口実なんだけどね。本当は俺が君に会いたかっただけ」

0時を超えて迎えにきてくれた王子様、そんなシンデレラ物語もあってもいいと思う。

奥山ゆう /
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