ギフト
青い、と思った。
見上げた空は雲一つない、なんてことはなくて。
これが青かと聞かれりゃ頭を横に振る。
でも青いと、この変哲もない空間が自然と綺麗だと思った。



「おーす」

「ん、」

外履きから上履きに履き替えていると、後ろから分かりたくもないのに声だけで分かってしまうようになった人物の声が聞こえる。
横目で見れば予想した通り、その人物が隣に来ていた。
赤い髪が視界に入り、香料をふんだんに使ったと思われる、グリーンアップル味のガムの匂いが鼻につく。
変わることのない特徴的なこの二つはこいつの目印。そんなやつの表情が今は何時になく気持ち悪い。
ニヤニヤとした面構えは、滅多に見ることがないわけではないが、出来ることなら見たくない。

「やめんしゃい、その顔」

「何がー?」

「気持ち悪いナリ」

正直に言えば酷いだの友達だろだのブツブツと言ってくる。が、口から出る言葉とは裏腹に顔にはにやけ面が張り付いたままだ。
こんな朝から鬱陶しい赤髪に、何じゃと聞けば更に笑みは深まる。
新手の虐めか、と口には出さず心で溜め息と共に吐いた。
良く分からない丸井に付き合うのも面倒だが、違う理由でこれ以上この場にいたくない。
外から昇降口の間を吹き抜ける風が冷たくて、早く暖房の効いた教室に入りたいと身体中が言っている。
校内にいるのに、何で外と大して変わらない気温の中で糞寒い思いをしなきゃならないんだ、と。

「あ、仁王待てよー」

俺は早く教室に行きたいんじゃ、そう言って引っ付いてくる丸井を引きはがす。
ここら辺で引き下がると思ったが、予想に反して競歩になりつつある速歩きのスピードに着いて来ていた。
何か話があるなら言えと視線を送ってみるが、依然表情は変わらなく、その上こっちを見るわけでもなかった。
俺も大概意味分からないと言われるが、こいつの方も十分謎な奴だ。

「……何じゃ、あれ」

教室に着くと、程よい暖気が外気で冷えた身を包む。
縮めていた身体を伸ばす。こんな体勢でいつまでもいたら節々を悪くして堪らん。
くじ運が良かったのか悪かったのか、丸井とは席が前後。クラスメートに挨拶しつつ、自席に着こうとしたら、机のど真ん中に置いてある包装された小さめの袋が目に映る。
訝しげに見ていると、横から入ってきた手により、それを取られた。

「お、さっそくあんじゃん」

「何が」

「プ レ ゼ ン ト」

ウィンク付きで言われた。
気持ち悪いことこの上ない。
開けて見ろよ、と言って渡された物と丸井を見比べる。
この物は丸井の差し金なのか…悩んだ挙げ句に、袋を机の上に置き、隣にバックを置いた。
俺の行動が予想外だったのか、非難じみた声が聞こえる。お前の作戦には乗ってやらん、と横目で見ると座ることにした。

「お前開けろよい」

「何でじゃ」

「プレゼントだろい?中身気になんじゃん」

「ブンちゃんは演技が上手くなったのう、だけど俺を騙そうなんてまだまだナリ」

「なに意味分かんねえこと言ってんだ?気になるから開けてくれよ」

だから無駄だと言っただろうに、溜め息を一つ吐くと仕方なくご要望通りに開けてやる。
いつの間にか前の席に丸井は座っていて、マフラー、ブレザーと防寒具はなく紺色のセーター姿になっていた。
バックを置いて着席したは良いが、他はそのままだと言うことを思い出し、自分もセーター姿となることにする。
少し肌寒い感じがして、もっと暖房の温度を上げてくれと思った。

「第一プレゼントって一体何の……」

「何だよ忘れてたのかよ?今日お前の誕生日じゃん」

「…………あ、」

コツンと指先に当たる金属のヒンヤリとした触感。銀色のそれは自分の髪色を連想させざるを得ない。
だけど何より姜を突かれたのは誕生日の言葉。そういや、今日は12月4日だった。ああ、間違いなく俺の誕生日だ。
周りはやたらと騒ぐ日だが俺としたら大したことのない、生まれた日がなんだってくらいだからすっかり頭から抜けていた。
道理でニヤついた顔をして訳だ、納得納得。

「ふーん、けっこう普通だな」

「お前さんは何を想像してたんじゃ」

「媚薬入りお菓子」

「………………」

自然と頭を抱えた。
馬鹿な回答の中にも食い意地があるのがみえる。袋の大きさを考えても食べ物は無いだろうに。
それよりもこの銀のネックレス、確かに贈り物には無難な線だ。贈り主のセンスが良いのか店員から勧められたのか、おそらく後者だろう。
どっちにしろそこは大した問題じゃない。問題は袋にはネックレスしか入ってなかったと言うこと。

「……ない」

「何が?」

「他に何もない」

「まだまだ貰えんだから一つしかないからって」

「名前がないんじゃよ、贈り主の」

「誰か分かんねえってことか?」

頷けば丸井は入っていた袋をとって逆さまにする。
出てきたのは敷き詰めてあった綿くらいで、一言くらい何か書いてあっても良さそうな紙など一つも落ちて来なかった。
これじゃあ、プレゼントとは断定出来ない。名前が無くともおめでとうくらい書いてあれば誤りじゃないと思えるが。

「何もなし、か」

「…どうしたもんかのう」

「全員揃ったら聞いてみるか?」

「本人に失礼ぜよ」

「じゃあ誰かも誰宛かも分かんねえじゃん」

何か良い方法は無いもんか、と机に俯そうとした時に視界の片隅に入る長い、気持ち茶色がかった髪。
俺らと同じように自分の座席に着くまでに通り過ぎるクラスメート達に挨拶していく。こっちには来ない為、言われることはなかった。
すると存在に気付いた丸井が顔を向けて手を上げた。

「おーす名字」

「おはよう丸井に仁王ー」

元気が良いわけでも、暗いわけでもない朝の挨拶に、俺は目だけ合わせて済ませる。
一般的に考えりゃ、それは常識的な挨拶とは反するが、向こうは大して気にしていないようだった。
眉間に皺を寄せなければ口を尖らせることもしない、けしてにこやかとは言えない笑いを顔に張り付けたまま。
朝には幾分か不似合いな名字の笑い方は、他の奴らがどうだかは知らないが俺にとっては好感度の高いものだ。他と違って、面倒臭くなくて。

「ブンちゃん、今日はサボる。適当にごまかしといて」

「おー、ってブンちゃん言うな」

良いあだ名なのに、と思いながら反発する丸井を見ながら笑うと、暖かい教室から出る。
廊下は外と同じくらいひんやりしていて、マフラーでも持ってくりゃ良かったと後悔した。
行き先は屋上、寒いのは百も承知だ。



太陽の光のみで寒さを凌げるかと思ったが、そんなわけがなかった。
屋上に一歩踏み出すと全身を吹き抜ける冷風。昇降口の時ですら寒いと思ったのに、屋上で寒いと思わないわけがない。
暖かい空気は上昇すると言うが、外では無意味だ。むしろ人の熱気があり、暑い空気を溜めやすいコンクリート上の方が暖かい。
人混みは嫌だが。

「阿呆じゃのう…しゃーない、保健室にでも行く、………か」

入口(…いや、出口か?)の方に体を向けると、俺と同じ柄のマフラーや、自分が着るには大きすぎるブレザーを持つ名字がいた。

「これ、丸井からの預かり物」

大きすぎるブレザー、同じ柄のマフラーと渡される。間違いなく、俺のだ。
すると指定のネクタイを装着していない、ワイシャツの隙間から胸元が見える。そこには太陽の光が反射して少しばかり光る銀色。
洒落たそれはついさっきまで丸井と物色していた物に良く似ていた…いや、そっくりそのままだった。

「お前さんもサボるんか?」

「うん、誰かさんが一人じゃ寂しいかなって」

「それはそれは嬉しい心遣いをありがとう」

どういたしまして、と言って笑った顔は、今朝とは違った。
口角を上げ、目尻を下げる。文字に表せば同じ気もするが、違うのはその度合い。今の方がずっと「笑顔」と言う感じがする。
ま、どっちが本当の笑顔何だかは分からんが。

「それと、」

「ん?」

「これも、じゃな」

「…………何でわかったの?」

それ、と言って名字の胸元を指せば、心底驚いた顔する。そして口にした台詞は「ネクタイ付け忘れた」だった。
やっぱり日頃から付けないと言う習慣がついてると、土壇場で忘れるもんなんか。日頃扮装したりする俺としては考えにくい。が、毎日毎日を注意散漫で生きているわけじゃないから、そういうもんなんだろう。

「やだ?…お揃いみたいで」

「別に…ただ良いセンスしとるのう、誰の趣味じゃ?」

「私……元々はあげる気はなかったんだけど……これ見付けた時仁王しかいないって思って」

「それでお前さんもか?」

「なんか見てたら自分でも欲しくなったから」

「ふーん……何で名前付けんかった?」

「……ああ、それはね

気持ちがばれるのが嫌だったんだ」

また違う笑い方をしてそう言った名字を、悲しそうに笑う名字を、気付いたら引き寄せていた。
理由なんて分からない。知らない、今は別に知らなくて良い。それよりも、頭に浮かんだのは名字の泣き顔。泣いて欲しくない。そう強く思った。

「誕生日おめでとう」
「ありがとう」

ニ度目のこの言葉に、さっきとは違う想いを込める自分がいたのは嘘じゃないと言える。

「まだまだ青いのう……空も(俺らも)」
「そうだね」

奥山ゆう /
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