領域
「おまん、だれじゃ?」

 校舎の間にひっそり佇む図書館に、銀髪におさげという変わったいでたちの男の子がいた。
 彼の口元には黒子があり、それがまた色っぽくて、初めて見た瞬間息を呑んだ。

「えっと……あなたは仁王、くん?」
「プリッ」

 寒さがひしひしと感じる季節、私は初めてそこを訪れた。ステンドグラスがキラキラと輝くこの建物に惹かれて足を踏み入れると、そこはどこか違う世界のような感覚。
 いくつもの本の棚を抜け、奥まったところに座って背を棚に預ける彼がいたのだ。−−仁王雅治。彼は有名な人だった。

「……なんか用か」
「ここ、素敵だなって思って」
 鋭い眼光を向けられて思わず身震いする。
 私は率直に思ったことを言うと、彼はそうかと合わさっていた視線を下げた。
「仁王くんは、なにしてるの?」
「なんでもええじゃろ」
 ピシャリと言い放たれたことに戸惑った。きっと彼は私を歓迎していない。
 突如彼の領域に足を踏み入れてしまった私を良しとはせず、けれども居なくなれとも言わない様子にそのまま近くの棚を物色することにした。
 後ろからは何とも言えない視線を感じる。居た堪れなくなり、再び口を開いた。
「仁王くんは本、好きなの?」
「そうでもなか」
 じゃあ何でこんなところに。その言葉は飲み込んだ。どうせまたピシャリと跳ね除けられてしまうと思ったから。
「そっか……私はね、本の匂いが好きなんだよね。あとこのシンと静まった空間とか」
「…………」
 私の好みなんて興味ないよね、とまた軽く本を見てその日は図書館を後にした。
 しかしどうしても気になってしまい、次の日の放課後に私はもう一度そこに足を踏み入れた。
「あ、またいたんだ」
「いたら悪いんか」
「そんなことないけど……」
 図書館の一番奥まったところに再び彼はいた。本棚に背をもたれかけて、気怠そうに空を見つめている。
それがやけに様になっていて、写真集の1ページのようだった。見惚れていると、怪訝な視線を向けられ、慌てて逸らした。
 それから数日、私はこの図書館に通うようになった。居ない日もあったが、ほとんど彼はそこにいて、何をするでもなくただ身体を預けていた。

「くっ……取れない」
 はじめは気になっていた仁王くんの存在も、いつしか空間の一部としてあまり気にならなくなった頃、私は当初の目的でもあったアテのない本探しを始めた。
装丁で気になった物を手に取ってはパラパラとめくる。最初の数行を流し読みしては、好きな本を探す。
そして何冊目か、少し高いところにあった綺麗な背の本を取ろうとしていた時。本が詰まってなかなか抜けない。爪先立ちも限界に近く、思い切り力を込めると足元が滑った。
 転ぶ、と思った瞬間目を瞑るが衝撃はこない。代わりにすごく近くに仁王くんがいた。彼が私を支えていたのだ。
「自分の身長考えんしゃい」
「あ、りがとう……」
「これか?ほら」
 ポンと渡された本に呆気に取られていると、彼は眉尻を下げて笑った。
「なんて顔しとるんじゃ」
 とくん。と鼓動が鳴る。そんな顔は反則だ。
「そんなに本が好きかのう。面白いんか?」
「う、うん。楽しいよ!」
「ふーん」
 彼はその辺の本を手に取るとパラパラとめくった。
すぐにようわからん、と棚に戻す。私はその一挙一動から目を離せずにいた。
「おすすめ」
「え?」
「なんかおすすめ選んでくれ」
「私が……?」
「お前以外に誰がおるんじゃ」
 意外な申し出に視線を巡らす。仁王くんに合いそうな本……と思ったところで、手を伸ばす。とぶつかった。何がって仁王くんの指先が。
「それ俺も気になったぜよ」
「わ、私は結構好きだよ!」
「なら借りてくかのう」
 ドキドキと胸は高鳴り、彼に触れた指先をぎゅっと握る。ああ、これはと思った時彼は言った。
「はて、おまん名前なんじゃったっけ?」
「私は−−」

 ようやく彼に認められた気がした。それは彼に恋をしてもいい許可だと思った。

奥山ゆう /
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -