「アイアム ア ゴッド」
「は?」
「I'm a god.」
「誰も発音良くしろなんて言ってねえよ」
「私は神である。」
「おい……頭でも打ったのか?」
失礼な奴だ、と言わんばかりの顔をして、鋭い視線を一つ送ると、当然のようにさっきまで俺が座っていた椅子に腰掛ける。
その女の行動に少し腹が立ったが、俺の心はそこまで狭くない。今すぐにでもこの部屋から追い出してやりたいがそれも我慢だ。
深呼吸がてら大分見慣れたこの光景(女が俺様の椅子に座る)を見ながら、俺は溜め息をついた。幸せが逃げる、嘘か本当か分からない言葉が頭を過ぎったが知らねえと思い込む。
それよりも、この状況を何とかしねえと。我が物顔で踏ん反り返って座るこの女を。
昼休みの時間ならまだしも、放課後の生徒会室には生徒は疎か先生すら滅多に来ることはない。
それをこの女、少々頭のおかしい奴と思われても仕方のない発言をしてきた名前は、承知の上で来ている。いや承知しているからこそ、と言う方が正しいか。
「どけ」
「……私、神」
「分かったから、取り敢えずどけ」
名前は小さく舌打ちすると嫌そうな顔をしながらも黙って立ち上がった。随分と今日は短気のようだ。
そしてすぐ側にある椅子に再び踏ん反り返ったように座る。
何でここまで機嫌悪いんだ?今ひとつ納得いかねえが、どいたからまあ良い。
「…………」
「…………」
無言、俺が書類に書き込むペンの音のみが響く。
面倒くせえと思いながらも、このままじゃどうも集中しにくいからと、自分だけにコーヒーを煎れて休憩とする。
「紅茶」
ボソッと呟いた声にしては大分大きい声量で言った。
渋々もう一度生徒会の隣にある水場に行き、今度はコーヒーではなく紅茶を煎れて名前の前にある長テーブルの上に置いた。
何で俺様がこんなことまでやらなきゃいけねえんだ。
「名前、いい加減話せ。聞いてやるから」
「…………さっき、春子ちゃんが」
俺が促すと表情は相変わらずで、紅茶を一口飲み、口を尖らせたまま話し出した。
「私と花子ちゃんはよく似てるって言ってきて。まあ自分でも確かに似てきたなーとは思ってた部分も少なからずあったんだけど」
「…………」
「そしたら羽子ちゃんが花子ちゃんは神的存在だよねって言ってきてさ」
「…………」
「私=花子ちゃんで、花子ちゃん=神なら、私=神ってなるじゃんって思って」
「…………」
「まあだから、私=神ってこと言ったらそれはそれは馬鹿にされて」
「…………」
「何かムカついたから来た……あ、そういやさ今日は部活ないの?忍足くん達が景吾のこと探してたような気がするんだけど……」
「はあ………」
今のこの溜め息は不可抗力で出たと言ってもおかしくない。
大体会話の流れがおかしい。百歩譲って名前=神となり、それを口に出したまでは良いとしよう。
だがそこで馬鹿にされたから何だ。何で俺様はその八つ当たりをされなきゃいけねえんだ。
部活に遅刻してまでやらなきゃならねえ仕事が沢山あるってのに、その時間を削ってまで聞いた話がこれか。
全く割に合わねえな。
「部活は遅れていくんだよ」
「ふーん、」
「だからてめえはもう帰れ」
「何でよ…」
「話は終わっただろ?悪いが俺は忙しいんだよ」
「……ここにいたら邪魔?」
「ああ、邪魔だ」
眉間に皺寄せた奴を前にして集中なんざ出来るわけがない。
そう思って言えば名前は納得したのか、そう、と小さく言うと椅子に無造作に置いてあった氷帝指定のバックを取り、この部屋のドアノブに手を掛ける。
「邪魔して…ごめん」
さっきの紅茶、の声よりも幾分も小さい声が聞こえたかと思えば直ぐにドアの閉まる音が響いた。
「…んだよ……調子、狂うじゃねえか」
いつもなら意地でも邪魔する奴が、どんなに言ってもこんな風に潔く帰ったりしない奴が、今日は素直に帰った。
調子が狂う、自分で呟いた言葉は間違っちゃいない。
周りの環境がいつもと違えば自分も変わっちまうのは当然だ。
俺はこれからの自分自身の行動に苦笑すると、ドアノブに手を掛けた。
神様の愛情表現「構って欲しいなら早く言えよ」
「……だって私、神だもん……」
「たく、お前は分かりにくすぎんだよ」
手を掴めば強い力で握り返された。
奥山ゆう /
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