※丸井はヘタレ設定
第三学年、学年主任。この男は演劇部の顧問でもあり、自分が演じたいと言い出すほど演劇馬鹿らしい。その男が、つい先日の職員会議で新入生のために何か披露をと面倒な案を出した。
「は?演劇…?」
総合授業と言う名の自由時間。全クラスから一斉に非難の声が上がる。教室に入ってきた担任は少しざわついた生徒を静めることなく、自分も面倒なんだと言う顔をしながら「急遽、新入生歓迎会で演劇を披露することになった」と伝えた。
「あの、新入生歓迎会って…?」
もう既にやりましたよね?と言う言葉が間違いなく続くだろうと思われる生徒の一発言。無事に新学年での第一回試験である一学期中間テストを受け終えた私達は、緊張感も溶け、試験後の自由と言う喜びに浸っていた。
つまり歓迎会などとっくに四月中に終わらせており、一年生もいい加減この学校に慣れている頃だろうと言うこと。
「ああ、やったな」
「じゃあ、何で?」
「…とにかく、決定事項だ」
今週中に役とか決めとけよ、と生徒の反論も聞かず出て行ってしまった。担任があまりにも自由奔放だからこのクラスに団結力と言う文字が当て嵌まらないんだと強く思う。
「ブン太、ブン太」
自由奔放な男は学年主任や担任だけでなく、私の隣の奴も同じだ。食べてすぐ寝たら豚になるよと何度も注意しても効果がない。と言うよりもはや意識していない。
甘い物が大好きなブン太は最近体重が増えていると、テニス部員の参謀が言っていた。私はそれを聞いて、将来肥満になるんじゃないかと言う恐ろしい想像が頭を横切り、急遽ブン太にダイエットを進めた。全て無駄骨になったけど。
そのブン太は今小さく寝息をたて、机に俯して寝ている。名前を呼んで軽く揺すれば「ん、」と小さく声が漏れたが、起きる気配は全くない。
「起きろってば」
その辺に落ちている(恐らくブン太の)教科書を丸めて頭を叩く。すると鈍い音が上がった。少し力を入れすぎたみたいだ。
それでも、もそりと少し動くくらいで、ちっとも覚醒しない様子を見ていると、何だか妙に腹が立ったから思い切り椅子を蹴って、と直ぐ後ろの席の仁王に頼む。
「………いっ!…てえ……」
仁王は特に手加減などしなかったらしく、ブン太は椅子から大きく転げ落ちた。寝ている人間は無防備だから受け身などを取らない。よって打ったところも、普段よりも数段痛そう。
いきなり上がった大きな音だが、担任の言葉で大騒ぎな我がクラスでは簡単に溶け込み消えた。だからブン太が落ちたことに驚愕したのはブン太の左隣に座る女子くらい。
「おはよう、ブン太。寝覚めは良いかが?」
「…最悪だ」
睡眠を邪魔されたからか、思い切りお尻をぶつけたのが痛かったからか、私をきつく睨むと椅子を正して座った。
「椅子蹴ったのは仁王だからね」
「お前さんが蹴ろと言ったんじゃろ」
「どうでも良いけど俺の眠りを邪魔すんなよぃ」
俺は寝不足なんだ、と欠伸して再び俯せになろうとするのを邪魔するために、まだ丸めていた教科書で頭を叩く。今度は当たり所が良かったのか、鈍い音ではなく響くような良い音がした。と言うことは、こいつの頭の中は空っぽだと言うことを証明している。
「昨日って言うか明け方近くまでゲームやってたのが悪いんでしょ」
「何で知ってんだよ」
「私が四時頃に目覚めたときまだ部屋の電気ついてたから」
「んだよ、見んなよ。プライバシーの侵害ー」
「なら引っ越して下さい」
別に見たくて見たわけじゃない。カーテンの開いた隙間から見えてしまったのだ。
家が隣と言うのは時々厄介なもので、何か家庭内で起こると隣の丸井家には壁が薄いため全て筒抜け。同じく丸井家の事情も我が家に筒抜け。だからプライバシーもあったものじゃない。
「って言うか何で起こしたんだよ」
「今度歓迎会やるんだって」
「何の?」
「新入生の」
「は、あ?!」
ブン太もクラスの皆同様、眉間に皺を寄せ同じ反応を示した。そしてだからこんなに騒がしいのか、と普段よりほんの少し騒がしいと思われるクラス内を見回す。私もつられて見れば、もう軽いどんちゃん騒ぎ状態と化していた。
「相変わらずうっせーな」
「元気だけが取り柄だから」
「まあ、な。んで何すんだ?」
「劇ナリ」
黙って話を聞いていた仁王が欠伸と共に言う。こいつ、もうすぐ寝るな。
多分このあと内容決めと役決めをやるだろう。その時に仁王の姿はないはずだ。今までから言って必ずばっくれる。音を立てることなく(たとえ音を立ててもこのクラスの騒音に消されるだろう)、教室から出ていく。
気付いたら居なくなっていて、当然のような顔して帰ってくる。この男も自由奔放、か。
「えーそれじゃあ内容を決めたいと思います」
気付けば教卓の前には行事が大好きで、行事のために学校に来ているような気がする程全行事を張り切るクラスメートいて、何やら話し出す。
日数はあまり無いから簡単なもので、だけど手は抜かず楽しめるように……と。「楽しい」と言う部分以外、どれも私には関係ない。当日は観客席から見ているだろうから。
「ブン太主役やれば?」
「無理」
とんとん拍子に劇の内容が決まり、題材は白雪姫。定番だがアレンジもしやすく、何より皆知っているから演じやすい。練習もスムーズに進むだろう。
そして今度は役決め。立候補はいないかと聞いても誰も挙手する者はいなく、普段どこよりも騒がしいクラスが一瞬で静まりかえった。誰か一人、最初に立候補者があれば次々と出てくるのだろうけど。
だから今度はプリントの切れ端の紙を配り、そこに推薦する者の名前を書くようにと指示がある。そこで私は迷わず書く。
丸井ブン太、と。
「白雪姫、かあ…」
「ブン太はやるとしても白雪姫にはなれないよ」
「分かってるっつーの!つか、やんねえよ!なあ、にお………」
二人して後ろを振り返ったが、ブン太の後ろの席は空席となっていた。
やっぱり、とまたもや二人して溜め息をついて、後ろから送られてきた投票用紙(と言うほど立派ではない紙)に自分のを重ねて前へと回す。
「誰書いた?」
「ん、ブン太」
「は?お前何やって……」
「もちろん、好意だよ」
たとえ私がブン太の名前を書かずともブン太は必ず役につく。女子達の大半がブン太の名前を書くだろうから。だから私の一票によって左右されることはないと思う。
「好意になってねえよ……」
小さく呟く声が聞こえた。私はそれをにっこり笑って聞き流すと開票結果を待つ。生徒数人で書かれている名前を書き、複数ならば正の字でどんどん書いていく。
「えーそれじゃあ、一番票数の多かった丸井くんに王子をやってもらうってことで!」
一人群を抜いて正の字が多い。隣のブン太が決まったことに女子は笑顔と拍手で歓迎した。男子も囃し立て、文句を言う者など誰もいない。
「俺?」
「うん、大丈夫?」
「え、えーと……」
視線を向けられ助けを求められたが、にっこり微笑んで「おめでとう」と口を作ってやった。
「ま、任せとけぃ!俺の天才的な演技見せてやるよ!」
最後にもう一度大きな拍手で、チャイムが鳴った。白雪姫の方は大役だからもっと慎重に決めると言うことで、その他小人や魔女などの第二主役と言える者達を推薦された残りの人達で決めておく、と言うことで総合授業時間は終了。
私は席を立ち、教室から出る。仁王に報告しなくてはいけない。ブン太が王子に決まったと。だからまずは一番居そうな屋上へと歩みを進めた。
「………名前…っ!」
「ブン太……」
「俺、どうすりゃ良い?!」
泣きべそをかいたブン太の必死な顔。このままでは駄目だと思い、慌てて腕を掴むと人がいない所へと駆け出した。後ろから「無理だろぃ…俺が王子なんて……」って言う声が聞こえたのは空耳なんかじゃない。
通行人Aが理想だった「ブン太が自分で任せろって言ったんだから」
「だって、あの状況じゃああ言うしかなかったんだよ!」
「まあ、もう決まったことだし、ね?」
「普通に無理だって!王子なんて、俺出来ねえよ……」
「…………」
「名前助けてくれえー…」
「……はあ、とにかくその泣き顔どうにかしてよ」
奥山ゆう /
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