雪に足跡が付く。その感触だけは伝わってくるが、ナツは後ろを振り向かなかった。さくりさくりと踏みつける音が鼓膜を素通りして運河へと消えていく。
ルーシィの部屋には明かりが点いていた。いつものように窓から侵入する気になれず、階段を上がる。しかしノックはせずに、ドアハンドルを回してみた。鍵がかかっていなかった扉はいとも簡単に開く。

「ルーシィ?」
「ひっ……!?」

ルーシィは机に向かっていた。向かっていた、だけで何かをしていたというわけではなかったらしい。ペンも紙も本も、何も置いていなかった。

「な、ナツ?どこから」
「玄関。鍵開けっ放しだったぞ。不用心だな」

開いてなかったとしてもどうにかして開けるつもりだった、とは言わないでおく。
ナツは部屋を見回した。特に変わったところはない。彼女の性格なら小さなツリーくらい置いていそうなものだったが、クリスマスの気配も見当たらなかった。暖かいはずなのに空気が冷えているような気さえする。
座ったままナツを振り向いたルーシィは、いつもより小さく見える。やはり、明日を楽しむような心境ではないらしい。
ナツは彼女から距離を置いたまま、マフラーを握り締めた。

「好きな奴、誰だ?」
「な、何よ。いきなり」
「明日、連れて来てやる」

喉から血を吐きそうだった。心とは裏腹のことを言うなど、ナツには経験がない。

本当は知りたくない。本当は会わせたくない。本当は。

明日、ルーシィに一緒に居て欲しい。

彼女は傷付いた顔をした。それがまた、ナツの心臓を抉る。

「放っといて」
「嫌だ」
「大丈夫だから。もう少し経てば、ちゃんと受け入れられるから」
「受け入れる?」

椅子の背もたれを掴んだ手が白くなる。
俯いたルーシィを追って、ナツは椅子の後ろまで行ってしゃがみこんだ。無理に表情を見るためではなく、彼女の言葉を漏らさないようにする目的だった。声がか細く、空気に溶けてしまいそうになっている。

「何があったんだよ?ソイツと」
「……好きな人、居るみたいなの。その人」
「……」
「失恋、したの。だから、放っといて」

ぽたりと、涙が床に落ちる。染み込んだそれはナツの中に怒りの炎をともした。

「誰だよ、ソイツ」
「……」
「言えよ。ぶん殴ってやっから」
「え……?」
「ルーシィを泣かせる奴なんざ、オレが許さねえ」

ナツはゆらりと立ち上がった。
大きなお世話だろう。相手が悪いわけではないこともわかっている。しかしナツには、自分を止められる余裕はなかった。
ルーシィが目の前で泣いている。傷付いている。

「もう限界だ」

ぎり、と奥歯が軋む。

「忘れろよ!そんな奴、ルーシィが惚れるような奴じゃねえ!」

仲間で、同じチームで。仕事以外でもいつも一緒に居る。そばに居る。良いところも悪いところも、ナツはたくさん知っている。

ルーシィは、幸せにならなきゃダメだ。

応援など出来ない。泣かせるような輩は論外だ。

「今回のことはオレも犬にでも噛まれたと思って忘れるから!お前もさっさと忘れろよ!」
「出来るもんならやってるわよ…!」

彼女は唇を噛んで顔を上げた。
頬を伝う雫が場違いにも綺麗だった。それが誰かを想うためだと気付いて、息が止まる。

「あたしも限界よ」

瞳は強い光を湛えていた。覚悟なのか決意なのか、口調からすると文句なのかもしれない、真っ直ぐな視線を受ける。

「忘れられるわけ、ないじゃない。……ナツ」
「あ…?」
「あたしが好きなのは、ナツよ」

握った拳が軋むのを感じた。






気に入らないことを我慢できるほど大人になんかなれなくて。


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