「申し訳ない」
「ああ、いえ…」
町長の薄くなっている後頭部に、ルーシィは手を振った。コアラ男は本当に町長の息子だったらしい。ぶどう酒まみれで帰宅したところを発見され、すでに保護されているとのことだった。
「そ、それで、あの…」
「ええ、報酬のことなんですが、提示額全ては、ちょっと」
「ですよね…」
「あい…」
コアラ男が壊していた酒樽は、購入した彼の所有物だったらしい。つまり、祭の被害は、飛び散った酒に汚された衣装代と――ナツが盛大に破壊した街路樹とタウロスが穿った石畳の穴のみ。
横にちょこりと座ったハッピーと目配せしてから、ルーシィは肩を落とした。
「申し訳ありません」
「こちらこそ、息子のことで手を煩わせてしまいました。ただ、今回のことは町の予算から出るものでしてな…経費担当から許可が下りないのですよ。しかしこれは親としての責任もありますし、私のポケットマネーから少し」
「いえいえ、お気遣いなく。慣れてますから」
悲しいことを言った、と自覚して、ルーシィは項垂れた。その慣れてしまった原因――大通りの端に置いてきたナツを思い出して、溜め息を吐く。
「あの、甲冑のこと、なんですが」
「はい?どうかされましたかな」
「脱げなくなりまして」
「は?」
「壊しても良いでしょうか」
「……」
町長の顔色が、すぅ、と青くなっていく。作りも装飾もしっかりしていた。余程値の張る物なのだろう。
きりきりと痛む胃を抱えて、ルーシィは「報酬、要らないです」と小さく鳴いた。
大通りから細い路地に入るところに、甲冑は佇んでいた。声をかけると、がしゃん、とこちらに身体が向く。
「おう。終わったか?」
「うん、なんていうか…なにもかもが」
「ん?」
ルーシィは「あはは」と笑った。
「報酬が半額になって」
「まあ、いつものことだな」
「その鎧の賠償金、取られた」
「なにっ!?これ、高いのか!?」
「みたい…善意でほんの少ししか言われなかったけど、それ一つで家が建つって」
「これでか!?」
「町長さん、泣いてたわ」
げ、とナツが呻く。「壊さないで出られねえかな」と唸るが、そんな方法、見付かるはずもない。
「無理ね」と応じると、ナツは数秒沈黙した後、がしゃ、と身体を傾けた。
「ハッピーの匂いがしねえ。どこ行った?」
「ハッピーはスライムと毛が絡まってて、取ってもらってる」
「ふうん…お前はもう着替えたのか?」
「うん」
ルーシィは爪先立ちして、ナツの兜に近付いてみた。本来隙間があるはずのところは、確かに塞がっている。
「見えないのよね?」
言いながらあっかんべえしてみる。ナツの声に変わったところは見られなかった。
「おお、困ったもんだな」
「本当に見えてないみたいね」
「あ?」
考えてみれば、こんな機会、滅多にあるものではない。ルーシィはきょろりと辺りを見回した。大通りは賑わっているがこちらに目をやるほど暇ではないのか、彼女達は透明人間になったように忘れ去られている。
ルーシィはナツの手首を掴んだ。
「ん?ルーシィ?」
不思議そうな声を追って、兜に素早く口付ける。とん、と踵を下ろして、彼女はくるりと背を向けた。
「なんでもない」
完全に独りよがりの行動、そして秘密。きっと甲冑の中ではナツがきょとんとしているのだろう。それがなんだか嬉しかった。
声が弾む。
「さあ、さっさと壊して、帰ろう」
「なあルーシィ?」
「ん?」
「見えねえけどオレ、匂いとか気配で何したかわかんだぞ」
びく、と肩が跳ねる。そろりと振り向くと、ナツは爪先を地面に当てていた。
「え、えと…ナツ、あの…」
――気のせいでしょ、そんなことしてないわよ。
嘘を吐くのは簡単だ。しかし、鼓動は焦りだけではなく、期待を含んで膨らんでいく。
気付いて欲しかったのかもしれない。
この、気持ちに。
もう、隠さなくても、良いんじゃない――?
ナツは足首をぐりぐりと捏ねた。
「お前、今」
すぅ、と息を吸う音が、鎧越しにも聞こえる。ぎゅ、と胸の前で組んだ両手が、熱を持った。
ナツはがしゃん、と腰に手を当てた。
「腹踊りしてたろ」
「してないわよ!?」
思わず繰り出した蹴りが、ナツが溶接した部分を破壊した。