あたらしいせかいへ





「ルーシィさん?」

ナツ・ドラギオンは少し焦って、彼女に声をかけた。崖の上――高いところから王都を見下ろすように立っていたルーシィ・アシュレイが、そのまま空に消えてしまいそうに見えたからだ。
アースランドの、彼らと同じように。
しかし彼女は当たり前ながら、消えようとはしていなかった。呼びかけに、彼女らしい機敏な動作で振り返る。

「うん?」
「あ、えと……こ、ここ、風が気持ち良いですね……」
「そうだな」

短くなった髪は彼女の視界を邪魔することはないだろう。それでもくすぐったかったのか、こめかみを撫でるように手を滑らせている。恐る恐る隣に立ってみると、彼女の頭は自分の背丈よりも低かった。
こんなことでさえ、新発見のように感じる。思えば、彼女と接するとき、自分は魔導四輪に乗っているか座っているか技をかけられているかだった。それが今、こうして並んでみても飛び掛ってくる気配もない。

この世界は変わってしまった。全ての魔法が無くなった、それだけなのに。

まだ三日。混乱は人々を苦しめている。妖精の尻尾は、今現在、王都を中心に修復や配給など緊急を要する仕事をしていたが、魔力なしでは効率も悪い。何が出来るか、何が出来ないかを見極めて、情報と人材をまとめ――王国との連絡役も担ったこの彼女は、交代で仕事をする他の連中と違っていつ眠っているのかもわからない。疲労に蝕まれて元気が(人に拷問まがいのことが出来るそれを元気と呼ぶのならば、だが)ないのかもしれない。

「なんだよ?」

どうやら不躾にじっと見ていてしまったらしい。彼はびくりと肩を揺らした。

「あ、ええと、別に……ご、ごめんなさい」

この態度が彼女を更に苛立たせることも知っていたが、怖いものは怖い。一歩下がって、しかし彼女がいつでも手を出して来られる距離を保つ。逃げた分だけお仕置きがキツくなるのも、身に染みていた。

「……?」

身構えてみたものの、空気に変化がない。目を開けてみようかどうしようか迷っている間に、彼女がぽつりと呟いた。

「やっぱり似てないな」
「え?誰……あ、アースランドのボクさんですか」

つきりと、胸に何かが刺さった。似ていないとは思うが、そう言われると切ない。自分でも、彼の方が頼りがいがあるし男らしいと思っていた。
今ここに居るのが、彼だったなら――この状況でも、もっと、役に立てたのかもしれない。同じように魔法が使えなくても、彼は王国に立ち向かうほどの勇気があったのだから。

「ボクがボクさんだったら、良かった……ですよね」

言ってみると、心が沈んだ。ぬかるみに落ちたように、足も重くなる。自分の言葉に打ちのめされるのはバカらしいが、彼には日常茶飯事だった。
彼女はきりりと目を吊り上げた。

「そんなこと言ってないだろ。みんな、ナツには感謝してるよ。よく働いてくれてる」
「ボクなんて」
「またそれか。そうだな…あたし、正直お前は逃げるんじゃないかなって思ってた」
「そ、それは酷くないですか…」
「うん、酷いな。まあ、最悪を想定したってことだよ。でもお前は逃げないで、力仕事も率先してやってる。凄いことじゃ……お前、ホントにナツだよな?」
「……」

本気で言っているわけではないのはわかるが、頬が引き攣る。彼女は自分の手のひらを見つめて、そこに言葉を集めるように口を動かした。

「気持ちはわかる」
「え?」
「向こうと比べて、自分って、って思っちゃうよな。あたしだって、向こうのあたしとは似てないし、あいつだったら、って思うことあるよ。でも、アースランドはアースランドだ」

それが弱音のように聞こえて、彼は目を瞬かせた。加えて、何か意外なことを耳にした気がする。

「似てないですか?」
「似てないだろ。あっちはなんか…女の子らしかった、て言うか。可愛い、て感じで」
「同じ顔ですよ」
「うっ、うるさいなっ。自分で自分のこと、って思ったんだろ!」
「違いますよ。ルーシィさんだって可愛い、で、しょう……」

途切れがちになったのは、目の前の変化が信じられなかったからだ。
確かに、アースランドの彼女は可愛かった。整った顔立ち、スタイルは丸っきり同じにしても、手入れの行き届いた髪、肌、爪。十人中十人が太鼓判を押すだろう。しかし今、真っ赤に染まった彼女の方が、数段心を揺さぶる。

「なっ、なに言ってっ……お、お前、ホント、誰だ!?ナツじゃないだろ!」

親友のグレイ・ソルージュに聞いたことがある。これはギャップ萌えという奴だ。いつもツンツンしているジュビアちゃんが笑ってくれると天にも昇る気持ちなんだ、と彼はよく言っている。しかし彼女はグレイ以外にはあんなに冷たくない。言い分はさっぱりわからなかった、のだが。
釣られて熱くなった顔を、彼女に見えないように背ける。冷やすには物足りない風を受けて、彼は一度目を瞑った。

この人の弱点を、見付けてしまった。

世界は本当に変わってしまったらしい。口が笑いを堪えるのも限界に近い。決壊するのを悟って、同じ殴られるのなら、と彼はもう一度ダメ押ししてみた。

「可愛いです、ホントに」
「んなああああ!?いい加減にしろよ!?」

胸倉を掴まれて、がくりと頭が揺れる。何の技が来るだろう――とりあえず衝撃に備えて歯を食いしばる。しかし、彼女は睨みこそすれ、それ以上動こうとはしなかった。

「……え、えと…何か、技かけたり…?」
「して欲しいのか?」
「いっ、いいえっ」

首を振ると、存外あっさりと解放された。彼女はがしがしと乱暴に頭を掻いて、つまらなさそうに呟いた。

「魔法がない今なら、あたしに黙ってやられてるわけもないだろ」
「……え、反撃するなんて、考えたこともなかったです…」
「はあ?」

彼女が実力行使に出なかったのは、そういう理由だったらしい。しかし残念ながら、この身体には彼女の恐怖は擦り込まれている。その上彼には、単純な力でも彼女に勝っている自信はない。
彼女はきょとん、と目を丸くして、自分に呆れたように笑った。

「そっか。魔法の力がないってだけで弱気になるって、あたしらしくないな」
「そうですか?…可愛いじゃないですか」
「っ!?お、お前、仕事はどうしたんだよ!?さっさと行け!」

結局、彼女は処刑より追出を選んだらしい。言われてようやく自分が何故ここに来たか――仕事で使う道具をギルドから持って来いと言われた――を思い出して、彼は彼女に背を向けた。

次に隣に立つときは、もう少し、自分に自信を持っていたい。アースランドの自分にも誇れるように。
それには今出来ることを、一つ一つ頑張るだけだ。

彼女が自信を持つよりは先にその日が来るような気がして、彼はこっそりと笑みを漏らした。






桜色」のかおりさまのリクエストにお応えしました。エドラスのナツとルーシィ、です。

エドラスは原作でぼやかされた点が多く妄想するには不安が付き纏うのですが、逆に考えればどんなの書いても押し通せる、ということですよね。ですよね?
しかしこのキャラで合ってるのか、も自信ないですが、こんなので良いのか……こっちも不安だ。かっ、書き直しは出来ませんよ!?

リクエスト権は今回memoに白字で隠しておりました。発見した先着一名様に、という形でしたが……見付けたことに脱帽です。




かおりさまのみお持ち帰りいただけます。



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