ぼーん、と最後の鐘が鳴る。響く余韻に瞼を下ろして、ルーシィはすぅ、と息を吸った。
潮風が混じった風が、頬に髪を散らばせる。
マグノリアにはない空気に、彼女の胸が少し躍った。
これから船に乗って、仕事先の島まで行く。今はナツとハッピーと、海が見渡せる岬付近で定期船の時間を待っていた。
町の真ん中に聳え立つ時計塔を振り返って、ハッピーが「あ!」と何か思いついたような声を出した。
「十回クイズー!」
「いきなり何よ。しかも懐かしいわね」
恐らく鐘の数から思い付いたのだろうが、唐突な提案(というより出題)に、ルーシィは身構えた。しかし青い猫は、標的を自分の相棒に定めていたらしい。
ぴしりと片手を上げて、ポーズを決めた。
「ナツ、ピザって十回言って!」
「肘」
「……ナツのバカー!!」
過程をすっ飛ばした容赦のない答えに、ハッピーが捨てゼリフを残してばさりと翼を広げた。
あまり機嫌が良くない空は、今日は海になるつもりらしい。境目のない水平線を、猫の尻尾がばしんと叩く。
去っていくハッピーを、ナツは目だけで追った。それに不自然さを感じて、ルーシィは首を傾げる。
「ノッてやんなさいよ」
「んー……」
「どうかしたの?なんか元気ないわよ?」
「いあ……」
「あ、船に乗るんだもんね」
ナツの乗り物酔いは筋金入り。今朝はギルドを出たのが早かったせいで、トロイアをかけてくれるウェンディには出会わなかった。
杭を打ち込んだような柵に、ナツが気だるげに両腕を置く。その上に顎を乗せて、彼はルーシィをじっと見つめた。
「何?」
「……十回クイズ」
「結局あんたもするの?」
この二人は――一応、一人と一匹は――似通った存在だ。同じようなことを考え、同じように行動する。
苦笑して、ルーシィは肩を竦めた。
「どうぞ」
しかし、彼の口から出たクイズは、彼女の予測できる範囲を超えていた。
「スキって、十回言え」
「……はい?」
「すきって、じゅっかい、ゆって」
ゆっくりと、聞き間違いの出来ないほど明瞭に、ナツの唇が動く。
「な……」
狼狽が先か、顔が熱くなったのが先か。こうも陽射しに元気がないと、暑いとも言い訳できない。
咄嗟に、そんなこと、と言いかけた口を、慌てて閉じる。ここで拒否するのも、意識しすぎだと思われそうで耐えられない。
これはただのクイズ!クイズだから!
ルーシィは俯いて、ぎゅ、と目を瞑った。数えるのに必死になっているフリをして、指を折る。
「好き。……好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き…す、好き、好き」
「……」
恐る恐る目を開けると、微動だにしないサンダルの爪先が視界に映った。
無言が気になって、顔を上げる。ナツは出題前と同じように、じっと、ルーシィを見つめていた。
吐息が肺の浅いところから強引に外へ出て行く。
ナツは何も言わない。言わない、ので――
ルーシィの口が、動いた。
「……好き」
十一回目だとわかっていた。しかし、これが、答えのような――こう言うことが正しいような、気がした。
ナツはそこで初めて変化を見せた。嬉しそうに、それでいて柔らかく、笑う。
「うん」
「……うん」
頷きに頷きを返す。自分の中でもはっきりとしなかった彼への想いが、今ここで形になった。
好き、なんだ。あたし、ナツのこと。
重みを増したその感情は、ルーシィの全身を幸福感で包み込む。とくんとくん、と、拍動が喝采に変わった。
潤んだ瞳をナツに向ける。
この気持ちを受け入れてくれた、ナツに――
「剣道で頭を打つ時、言うことはなーんだ?」
「……はい?」
「剣道で頭を打つ時、言うことはなーんだ?」
綺麗に言い直して、ナツが目を輝かせる。早く答えを、と急かすようなそれに、ルーシィは固まった口を無理に開いた。
「隙有り?」
「ぶっぶー、正解は面!」
勝ったと言わんばかりのナツに、ルーシィは体温が下がるような思いを抱いた。地を這うような声が、腹の奥から出る。
「何、さっきの『うん』って」
「へ?うん?……ああ、ちゃんと十回言ったか確認したんだろ?」
「……」
どうやらナツは数え間違ったようだ。
震える拳を握り締めて。
船内ではナツを構ってやらないことを、心に決めた。