廃墟を見下ろす小高い丘の上で、ナツが呟いた。
「あれか」
「あい」
「腕が鳴るな」
しゃがんで様子を窺っていたルーシィは、その声に隣を見上げた。
「…あんた誰?」
ナツとルーシィの間――さっきまでは誰も居なかったはずのそこに、男が腕を組んで立っている。年の頃は40半ばだろうか、部分鎧を身に着け、腰に細めの剣を佩いていた。敵というわけではなさそうだが、胡散臭い。
ルーシィはもちろん、一応ナツでさえも身を屈めているのに、目立つことこの上ない。廃墟は盗賊団のアジトで、これから策を練って掃討する予定だった。見付かるのも時間の問題であることに思い至り、ルーシィは頬を引き攣らせる。
今回報酬が減額になったなら、今月の家賃は絶望的だ。
男はそんな彼女の内面などどこ吹く風で、芝居がかった口調で言い放った。
「人に名を訊くときはまず自分から名乗るものだろう」
「え?あ、あたしは」
「興味ない」
あまりにもばっさりとした受け答えに言葉を失うと、ナツが彼女の肩を突いた。
「ルーシィ、ツッコまねえと」
「いや、待ってよ。ルーシィはこんな誰にでもわかるようなツッコミはしないんだよ」
「そうか、邪魔して悪い」
「変な期待しないで」
「こっちにツッコむのか?」
なぜかナツが驚いたように目を見開いた。ルーシィはそれに半眼をくれてやって、もう一度男を見上げた。
どこかで見たような…?
あまりにもおぼろげで気のせいのようにも思える。ルーシィが記憶の糸を手繰り寄せている間に、男は誇らしげに口を開いた。
「私はヒーローだ」
「結局名乗るのかよ」
「名前じゃないでしょ」
「ヒーローに名など無い。好きなように呼びたまえ」
「いや、ヒーローって言われても」
「私はかの有名な英雄の血を引いている――ことに今決めた」
眩暈がする。
ゆっくりと瞼を上下させてみても、その男は消えてくれなかった。ナツとハッピーがこそこそと「これはルーシィに挑戦なんじゃねえか」「だね、ツッコミの技量が試されるよ」と言い合っていて、さらに頭痛が強くなる。
「アンタ達、取り分減らすわよ」
「んだ?ルーシィ、なんかカリカリしてんな」
「家賃が危ないの。この前、誰かさんが破壊の限りを尽くしてくれたおかげでね」
「誰かって、オレに決まってんだろ」
「胸を張るな」
ルーシィは廃墟の様子を確認してから、男に向かって顔を上げた。
「こんなとこで何してんの?」
「見てわからんのか、仁王立ちだ」
ルーシィは目を据わらせた。
「頭大丈夫?」
「なんだ、私の心配か。惚れたか、この私に。だが私には陰から支える女がいる設定のつもりだからすまんな」
ハッピーがぽん、とルーシィの膝を叩いた。
「ルーシィ、きっといいひと居るよ」
「ふられたみたいにしないで!」
「それに浮気は良くないぞ、ルーシィとやら」
男はナツを親指で示した。
「旦那が居るだろう」
「オレはナツだぞ?ダンナなんて名前じゃ…ん?」
明後日の方向に返答するナツの頭をがっ、と押しやって、ルーシィは叫んだ。