「好き」
テーブルの向かい側に座っていたルーシィがぽつりと漏らす。
肘をついた姿勢で、夢の中にいるように淡く微笑みながら。
ルーシィの部屋。
シャルルを追い掛け回していたハッピーに、どっか行っててと言われて迷わずここに来た。
いつものように窓から侵入して蹴りをくらったのは30分程前。
紅茶と焼き菓子を貪りながら、ルーシィと他愛のない話をして笑い合っていた。
なんの話をしていたのかは覚えていない。
「やっぱルーシィは良い奴だ」
そう言って笑いかけてやれば、ルーシィは目を泳がせて何言ってんのよ、と返してきた。
何枚目かのクッキーを取り上げて口に放り込むと、中に練りこまれたココナツの繊維が香ばしさを主張する。
それに満足して口角を上げれば、ぼんやりと見ていたルーシィの口が動いた。
「好き」
掠れてはいたが突然に耳に届いたそれに思いがけず固まる。
「す、きって…」
表情を無くして呆然とルーシィを見返す。鼓動が意図せず高まる。
ルーシィはびくっとして目を見開き――みるみるうちに青ざめた。
「あ、や…ちが、い、今の、無しっ!」
「……へ?」
眉根が寄る。なし?
「あ、え、えと。今読んでる小説でさ!こ、告白する少女が出てくるんだけど、それを思い出したっていうか、あの」
いつも以上に早口で、身振り手振りまで大げさなルーシィに、
「ふぅん。お前書いたり読んだり大変だな」
感情の薄い声が出た。
冷静でいられたのは何故だろう。心臓はまだ鳴り止まないのに。
好き。好き。好き。
「――…オレ、行くとこあるから帰るわ」
「え?そ、そう…」
ルーシィは何故か傷ついたような表情だった。
小高い丘の、大きな木の下。
オレはいつもここで、リサーナを待っていた。
「随分久しぶりな気がすんな」
幹を叩いてみる。記憶よりも小さいそれに、避けていた年月を感じる。
リサーナのことは、考えるのさえ避けてきた。他の奴がリサーナの話をするのも嫌だった。
つきり、と忘れられない痛みが走る。
けれど今なら――冷静に、なれる気がした。
「好き、か…」
それはリサーナに対する感情。
気付いたのは失った後だったけど。
ミラとエルフマンが泣きながら謝ってきた、あの時だけど。
「…どんなんだったっけ…」
記憶を辿る。感情を思い出そうとする。
――が、
「……」
喪失感が大きすぎて、今思い出したい感情が埋もれてしまっている。
チームを組んでいたわけじゃないから、仕事は別々。帰ってくるとうきうきして、からかわれてドキドキして。
「んー…」
笑顔が嬉しくてお互いによく笑った。根拠もなしに、ずっと変わらないと思っていた。
今ならわかる。言葉にしなくてもお互いが好きだった。仲間という枠を超えて。
髪。笑み。瞳。言葉。手。
「?」
思い出すだけ思い出したが、肝心の感情が胸の中に戻ってこない。
「好きだった、よな」
それは間違いない。思いつく限り、初恋。
「んー?」
しかしいくらリサーナを思い出しても、当時の『好き』が戻ってこない。まるでベールに包まれたように直結しなかった。
「……」
口を尖らせて木の根元に寝転がる。折角向き合ってここまで思い出したのに『好き』を見失っていた。
空は青く雲ひとつない。枝を掻い潜る光に目を閉じて、考え事をさせる元凶を思い浮かべる。
ルーシィが好きって口にしたとき、酷く焦った。ルーシィは『好き』がわかるんだろうか。
ルーシィ。
「ルーシィ」
声に出してみるといつも呼んでいる名前と違う気がした。
「ルーシィ。……好き」
すとん。
戯れに並べてみたが納まりの良さに鼓動が早くなる。
「あ?」
かあぁ、と顔に火が点いた。誰もいないのに片手で顔を隠す。
胸を占めるのはルーシィの、笑顔。
「あー……」
合点がいった。今度は完全に直結している。『ルーシィ』と『好き』。
『リサーナ』と結びつくのは『好きだった』、だ。
「…うあ。ヤバ…」
さっきのルーシィとのやりとりを思い出す。あんなことがまたあったら。
「凹むぞ、おい…」
あんな風に上げて落とす、をやられればひとたまりもない。
気付いたばかりの恋心を抱えて、頼むぞ、と丘の上からルーシィの家の方角を睨んだ。