おにいちゃんになっちゃった





「んん?」

ナツが口いっぱいにホットドッグを齧ったまま、不思議そうに首を傾げた。その視線を受けて、男がちっ、と舌打ちする。

「んだよ、男連れか」
「なっ…」

ルーシィはその言葉に固まったように絶句した。時間を無駄にしたと言わんばかりにすたすたと立ち去るその姿を、口を開けたまま見送る。

「んぐ、ん…誰だ?」
「ナンパだろ」

グレイは察しの悪い桜頭を追い越して、呆然としたルーシィの肩に手を置いた。

「大丈夫か?」
「あ、うん…」

長い睫毛に縁取られた大きな瞳が、彼を映してほっとしたように細められた。グレイは安心させるように、ぽんぽん、と二回、軽く頭を撫でてやる。
乱暴にされたわけではなさそうだが、観光地であるこの街は外部から良からぬ輩が入ってきていてもおかしくない。グレイは彼女の顔に怯えが浮かんでいないことを確認して、きょろり、と辺りに睨みをきかせた。
ナツの肩から、ぴょん、とハッピーが飛び降りた。

「ルーシィ、あっちにルーシィの好きそうなお店あったよ」
「え、どんなの?」
「すんごいたくさん、鬼のお面があってね」
「なんであたしがそんなの好きそうなのよ!?」

ルーシィはそう言いつつ、ハッピーに導かれるまま足を踏み出した。

「あんま遠くへ行くなよ?」
「うん!」
「あい!」

ハッピーが一緒ならば大丈夫だろうと判断して、グレイは肩の力を抜いた。
男好きするルックスの割に、純情で押しに弱い。変な男に引っかからないかと心配ではあるものの、自分の目の届く範囲にある内はそのまま変わらずに居て欲しい。
手のかかる妹を持ったような気持ちで、知らず生ぬるい笑みを浮かべる。そんな自分に気付いて頭を掻くと、ふと、ホットドッグを口に押し込んだナツが目に入った。

そういえばルーシィに男っ気がない原因は、コイツのような気もすんな。

ルーシィをギルドに連れてきた功労者であるナツとハッピーは、ギルド外でも一緒に居ることが多い。終始からかわれている彼女が笑っているので、相性が余程良いのだろう。
余計な虫が付かないことがルーシィ本人にとって良いのかどうかは判断しかねるが、グレイにとっては追い払う労力の節約になっている。
ルーシィとハッピーの姿を目で追っていたナツが、ぐい、と手の甲でケチャップの付いた口を拭った。

「なぁ、オレ、ルーシィの男なのか?」
「……は?」
「だって、さっきの奴、そう言ってたじゃねえか」

つ、と視線がナンパ男の去っていった方角を向く。グレイは眉を寄せた。

「アホか。たまたまそう見えたってだけだろ」
「じゃあ、どうやったらそうなれるんだよ?」

グレイは耳に入ってきた言葉を三回脳内で反芻した。それが目の前の男から出た質問だと理解できるまで何度も瞬きを繰り返す。

「いつも一緒に居るだろ。部屋だってオレの知らないとこねえし、時々は泊まってくし。これ以上どうすりゃ良いんだよ。……おい、グレイ?」
「…ナツ?」
「なんだよ、聞こえてんじゃねぇか。早く答えろよ」

怒ったように睨んでくるが、いい加減付き合いも長いグレイにはわかりすぎるほど明らかだった。

コイツ、照れてる…!

唇が寒くもないのに震える。
グレイは慎重に言葉を紡いだ。

「まさか、お前、ルーシィのこと…?」
「悪ぃかよ」

ふん、と鼻息荒くそっぽを向いた横顔が、瞬時にまた正面を向いた。

「おい…お前も、とか言い出すんじゃねぇだろうな」
「違ぇよ、オレは」

確かに守りたいとは思っている。だが、これは決して恋愛感情ではない。

「なんつーか…ただ、オレの目の黒い内は、ルーシィを弄ぶ奴が居たら容赦しねぇぞ、と」
「なんだそれ」
「引くな。つか、オレはお前も同じだと思ってたんだよ」

ナツに恋愛感情があるなどと、思ってもみなかった。きりきりと、眉間の皺が脳を締め付ける。

「殺虫剤自体が虫だった…」
「はあ?何言ってんだ、お前」

相性は良いのかもしれない。しかしナツは暴れ癖もあるし、落ち着きがない。何よりムカつく。彼女の相手として相応しいかと言えば、もちろん、NOだ。

「おーい?」
「よし……わかった」
「あ?何がだよ?」
「ルーシィに今後一切、近付くんじゃねえ」
「は?」
「どうしてもっつーんなら……オレが認めてからだ」

結局のところ、ルーシィが望めばどうしようもないのだろうとは思いつつ。
グレイは大通りの真ん中で、ばっ、と上着を脱いだ。






2013.7.4-2013.8.8拍手お礼文。


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