「あたし、ハンガーじゃないんですけどっ!?」
彼らはルーシィのことなど見えていませんとばかりに、団子になって地面に転がった。ジュースはナツの執念か遠心力か、零れることなくコップの中で大きく揺れている。その液面が段々下がっていくのが見てとれた。
「あ、コイツ!おい、全部飲むな!」
「へっへーん、もうほとんど残ってねえよーだ」
ストローを噛んで、ナツが軽くコップを振る。グレイの頬がひくりと引き攣った。
「けっ、もう良い。やるよ」
「わわわ、脱ぐな!」
立ち上がったグレイがズボンのベルトに手をかけたのを見て、慌てて止める。服を差し出すと、彼は「あれ、いつの間に」と首を捻りながら受け取ってくれた。
「こんなとこで脱がないでよね」
「う」
「こんなとこじゃなくてもダメだろ」
ナツがコップを片手に膝を払った。ルーシィの隣に並んでから、目だけで見下ろしてくる。
「…飲みてえの?」
「え?」
そんな顔をしていただろうか。
グレイのときも、ただ見ていただけだった。そんなつもりはない。
きょとん、とした彼女が否定するよりも早く、ナツはずず、とジュースを吸った。
くれる気もないのに訊くな。
ナツらしいと言えばナツらしい行動に目が据わる。
しかしその肩を、がし、と掴まれて、ルーシィは息を飲んだ。
「え」
意志の強いツリ目が彼女を貫く。
瞬きすら封じられたルーシィの前で、ナツの喉仏が、大きく動いた。
ごきゅ――。
「買ってくるか?」
「…ぇ…」
「ちょっと待ってろ!」
ナツはマフラーを靡かせて走って行った。呆然とその後姿を眺めて、ルーシィは暴れる心臓を撫で付けた。
び、びっくりした…口移しで飲まされるかと思った。
耳が熱い。
冷静になればそんなわけはないとわかる。しかし、ナツの手と目が、彼女にその判断をさせてくれなかった。
なんであんな風に見えたのか。あの瞬間。
あのまま、口付けされても違和感がないほどに――。
酸素が脳に足りなくなって、くらりと眩暈がする。上着の襟を整えながら、グレイが訝しげに口を開いた。
「今、あいつ…」
「なっ、なにっ?」
「……なんつう顔してんだよ」
呆れたような表情は一瞬。グレイはにやりと口元を歪めると、彼女の耳に顔を寄せた。
「やっぱ、口移しされそうとでも思ったか?」
「思ってない!」
「違って残念だったなあ?」
「だからそんなんじゃないわよ!」
楽しいオモチャを見付けた子供のように、グレイの瞳が光る。執拗なからかいに、ルーシィの熱がさらに上がった。
グレイは弾けるように笑って腹を抱えた。